『やぁやぁ翡翠君、今日も精が出るねぇ』
「……何の真似だい?」
顔の真横でピンクの毛羽立った布地をパクパクと閉じたり開いたりする人形に、店先で皿を磨いていた如月骨董品店店主如月翡翠は煩わしそうに眉間に皺を寄せて、じろりと人形の繰り主を見た。
『おやおや怖い顔。折角の男前が台無しだよ』
しかし繰り主は一向に気にした風もなく、おどけるように人形で戯れる。
『こう見えても僕は結構偉いらしいんだから、敬って貰わないと』
わざとらしい口調も耳につき、何よりぱくぱくと大きな口が僅かな埃を立てて、高価な皿に拭いたそばから微量の埃を戻して行く事に、如月は眉間の皺を一層深くすると、むんずと人形の頭を掴んで繰り主の手から引き抜いた。
『なーんて…あっ」
「いい加減にしてくれ。仕事が終わらないだろう。大体何だいこの人形?子供じゃあるまいしみっともない」
人形の頭を掴んだままねめつける如月に、放課後を利用して買い物兼遊びに来ていた繰り主の緋勇龍葉はにこにこと笑う。
「エヘヘぇ、そのパペットねぇ、紅葉くんが作ってくれたの〜。黄龍だってぇ」
「壬生が?」
「パペット可愛いって話してたらぁ、作ってくれたんだぁ。紅葉くんって手芸部なんだよ〜。知ってたぁ?」
「いや、初耳だ…」
如月と壬生は麻雀仲間であるがそんな話は聞いた事もない。
「そう言えばそれ以前に個人的な話をした事がなかったな。それにしてもこれを壬生が…」
如月は感心というか呆れたように人形を眺める。題材が黄龍とはひどくマイナーな気はするが、それは龍葉の宿星から選んだのだろう。だがそれにしても縫製といい形といい実に見事な出来映えだが、左右に随分離れた黒い小さなボタンの目と、先がクルンと巻かれた髭が黄龍というには少々間抜けで、なるほど彼女をモチーフに作ったらこうなるだろうと、妙に納得出来てしまうのがおかしかった。
そう思いつつ、如月は横目でちらりと龍葉を見遣る。
そう、緋勇龍葉はこの世でただ一つの覇者の宿星、黄龍の器を持っている。普段はその片鱗さえもないが、一度その力を行使すれば大地に流れる龍脈を支配し、数百年続く飛水の技でさえも凌駕する力を発揮する。そんな能力故に龍葉は否応無しに闘いの波に飲まれるから、仲間として、そして宿星においても玄武である如月は彼女を護らなければならないのだが、当の本人の有り様はそんな宿星とは程遠く掛け離れていて、およそ威厳とは無縁の理解に難しい性格をしているから厄介だった。
やたら馴れ馴れしい上に、高校三年にもなって恥ずかしげもなく嬉しそうに人形遊びをしているだけでも変わっているというのに、更に彼女はその言葉の語尾もおかしかった。妙に力の抜けたヘラヘラとしたその口調は、同じ仲間である高見沢舞子や裏密ミサに通ずるものがあり、彼女達程のんびりしている訳ではないが、受ける珍妙な印象はそう大差ないだろう。
「紅葉くんって器用だよねぇ。この間は中身付きでお弁当袋作ってくれたんだよ〜」
「まるでお母さんだな…」
「お母さんより全然上手だけどねぇ」
けらけら笑いながら、龍葉は今度はおもむろに通学鞄に手を伸ばし中をまさぐり始めた。その弾みで鞄からヒラリと一枚の紙切れが落ちてくる。
「何か落ちたよ」
「え〜?あ〜成績表」
「成績表?」
如月は思わず拾い上げて表を見ると、確認するように並んだ数字を読み上げていく。
「…100…95…99…98…100…100…97…。総合2位…」
「この間まで中間テストだったからぁ」
「凄いじゃないか」
「エヘヘぇ、ありがと〜。でも葵ちゃんはまた1番だよぉ」
「…君は頭は良いのにね…」
「それどぉゆう意味〜?」
「そのままの意味だよ」
そして意外な事に、龍葉はこう見えても実は賢い。言動で勘違いされやすいが、理解力や洞察力に優れ、記憶力も良い。勿論武術の腕も申し分ないから、まさに文武両道の才女と言えよう。馬鹿と天才は紙一重という言葉もあるし、そう思えばこの風変わりな性格も納得できなくもない。
如月は毎度龍葉に悩む度辿り着くこの結論に苦笑を禁じえない。
「もぉ、失礼なんだからぁ」
「お互い様だろう?それより何か探してたんじゃないのかい?」
「お互い様ってぇ……む〜…まぁいいやぁ」
不満そうな顔をしたまま再び鞄に手を突っ込んだ龍葉は、ラッピングされた袋を取り出すと人形を取り戻す代わりにそれを如月へ渡した。
「何だい?」
「翡翠くんへのプレゼント〜」
「プレゼント?」
「開けてみてよぉ」
龍葉はもう表情を笑顔に切り替えて身を乗り出してくる。
今日は何かのイベントでもあったかと、如月は怪訝に思いながら群青のリボンを解くと、袋に手を入れて何かふかっとした物体を取り出した。
「エヘヘぇ」
「……何だいこれ…」
「緋勇龍葉お手製玄武くんパペット〜」
「玄……ただの亀じゃないか」
袋から出て来たのは玄武というか、どう見ても亀にしか見えないパペット人形だった。同じパペットでも黄龍と比べると下手ではないが、その出来には雲泥の差がある。
「え〜?でも玄武って亀に蛇が巻き付いた姿でしょ〜?」
「そうだけど蛇がいないじゃないか 」
「いるよぉ。ほら〜」
そう言って龍葉は柔らかい甲羅からちろっと出ている尻尾を摘まんで引っ張る。すると尻尾と思っていたそれはずるずると延びて、やがて先端に蛇の頭が現れたかと思うと、お尻からぼとりと如月の膝の上に落ちてきた。
「………?!!」
その一連のシュールな光景に如月は言葉を忘れ、衝撃と共に固まってしまう。と同時にふざけるな、とひどく人形を投げつけたい衝動に駆られたが、龍葉は何でもなさげにその蛇を拾うと如月の首に掛けて得意気に笑う。
「エヘヘぇ、驚いたぁ?紅葉くんに教えて貰いながら作ったんだけどねぇ、ただ普通に作るだけじゃつまらないから何か面白い事出来ないかなぁって考えたんだぁ。だからコンセプトはぁ、いつも無愛想な翡翠くんに笑って貰う!なんだよぉ。どぉ?面白かった〜?」
自信満々に瞳を輝かせる小憎たらしい顔に今度こそ人形を投げ付けたくなるが、如月は堪えて引き吊った笑みを浮かべると人形を押し返した。
「お、面白かったよ…。面白かったから他の人にも見せてあげたらどうかな?」
「?でも翡翠くんのだし〜」
「僕は見せて貰うだけで十分だよ。それにもう人形で遊ぶ年でもないし…」
遠回しに皮肉るが、龍葉は意に介さず不満そうな声を上げる。
「え〜!折角作ったのにぃ」
「すまないな。気持ちだけ貰っておくよ…」
「どうしてもぉ?」
「そうだね、出来きれば…。置き場所もないからね…」
「……分かったぁ…」
龍葉はしょんぼりと肩を落とすと、鞄に仕舞うため背を向ける。その寂しげな背中に如月は僅かに胸が痛むのを感じて罰悪く顔をしかめるが、ふと見遣った龍葉の手があの蛇を再び亀のお尻に押し込んでいるのを見つけると、やはりこれでいいだろうと思い直してしまう。
如月が心底その光景に引いていると、龍葉が急に振り向き間近に詰め寄ってきて、今度は驚かされる。
「翡翠くん」
「な、何だい?」
「翡翠くんはわたしの事嫌いじゃないよねぇ?」
「は?」
「好きじゃなくても嫌いじゃないよねぇ?」
「な、何を言ってるんだ?」
龍葉は必死な面持ちだが、質問がいきなり過ぎて如月は訳が分からず困惑してしまう。
「好きか嫌いかだけ教えてくれたらいいのぉ!」
「好きか嫌いかって…。き、嫌いだったら普通協力したりする筈ないだろう?」
勢いに圧されて、かろうじてまずそれだけを答える。
「じゃあ好きって事ぉ?」
「え?ええっと…」
龍葉の真意が分からないが、何故その二択しかないのかと如月は考えあぐねる。
先程も言った通り龍葉を嫌いという事はまずない。いくら東京を守る為とはいえ、嫌いな相手とわざわざ手を組む程如月は広い心を持っていない。手を組もうと思ったきっかけも彼女だし、彼女の他者への優しさや信念の強さは感嘆に値するものがある。
だが、好きかと問われればそれはまた微妙だった。こうして友人として付き合うようになって彼女の厄介な性格を知り、突拍子もない言動に振り回されて正直辟易する事の方が多いし、そもそも龍葉は全くタイプの違う人間だから根本から自分とは合わないような気がする。
「ねぇ翡翠くん!」
「き、嫌いじゃないけど好きでもない…かな…?」
そう、これが如月の正直な気持ちだろうか。
それを聞いて龍葉はぽかんとした後、暫く首を捻る。
「龍葉…?」
「…普通って事ぉ?」
「そうだね…」
「好き寄りぃ?嫌い寄りぃ?」
「しつこいな…」
流石に少し煩わしくなった如月は言葉に棘を含ませる。すると龍葉は珍しく怯えた様子を見せ、がくりと頭を落とす。
「ごめんねぇ…。嫌いじゃないならいいのぉ…」
「何なんだ一体?」
相変わらず訳が分からない如月だが、龍葉は諦めたように帰り支度を整えると、立ち上がって店の土間に降りる。
「帰るのかい?」
「うん〜…、お邪魔しましたぁ…」
龍葉は沈んだ声で言うと出口へ向かう。如月は見送りつつ、本日二度目の寂しげな背中に罪悪感を覚えると、やれやれと溜息混じりに声を掛けた。
「龍葉」
「……?」
「…普通だけど、多分…好き寄りの普通だと思うよ」
「……━━━━」
龍葉は目を見開いて微かに頬を染め、肩越しから全身で振り向く。
「君といると本当に疲れるけどね」
「翡翠くん…」
苦笑する如月に龍葉はうるうると瞳を潤ませると、心底嬉しそうに極上の笑顔を浮かべた。
「ありがとぉ。わたし頑張るよぉ!」
「…!」
その笑顔に一瞬不覚にも動揺してしまう如月だが、龍葉の言に首を傾げる。
「…頑張る?」
「じゃあまたね〜」
ぶんぶん手を振って帰っていく龍葉を見送りながら、如月は何を頑張るのかと訝しむが、彼女が理解出来ないのは今に始まった事ではないから考えるだけ無駄だと、いつの間にかすっかり中断された皿磨きを再開した。しかしふと気付けば外はもう夕闇に染まろうとしている。皿磨きよりも店仕舞いをして夕飯の仕度もしなくてはならないと、如月は渋々皿を棚に戻すと店を閉める為外へ向かった。
彼女といると本当に時間が早いと、少し恨めしく思いながら。
━━━明日もまた、彼女はやって来るのだろうか?何かまた厄介な話題でも手土産に。
終
天才キャラに有りがちな変な子にしたいんですけど、何分自分が天才でも変人でもないので難しい子かもしれない。そうそう、天才がどんなものだか分からないからwikiで調べたりもしたんですよ。
龍葉は他にも設定思い付いたので、ゆっくり書いて行きたい二人かな、と。暫くは龍葉の片思いで、如月はひたすらつっこみ役で(笑)
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