それは一見すると、ただの山犬だった。茶黒い毛並に獰猛な牙、町にいる同種よりは一回り大きいその体躯。だが、今やその山犬はただの山犬とは明らかに違っていた。狼のそれより鋭い眼光に鬼に勝るとも劣らない強い陰気。もはや犬鬼と呼ぶに相応しいその山犬は、何の異変かまるで辺り一体全てから集まったような群れを形成して龍斗と天戒を襲った。
「くっ…!数が多い…」
「ははっ…鬼の頭がこの程度でくたばるのか?」
「ぬかせ。お前も息が上がっているではないか」
「…一匹一匹は大した事ないのになぁ」
それぞれ襲い来る群れを順番に討ち倒しながら、軽口を叩く余裕はまだあれど、いかんせん数が多い倒しても倒しても減らない相手に息も上がってくる。
そうして何匹目かの牙を交わした時、天戒の視界の端にそれは映った。
「っ!龍斗!」
「っ?!」
一度に三匹を相手にしている龍斗の背後から、今まさに襲い掛からんとするもう一匹。最早天戒の助けが届く距離ではなく声掛けるしか無かったが、それに素早く反応した龍斗は三匹を一息にいなし、そのままの動作で背後の一匹を交わして蹴り上げた。
「っ…わ…―――」
しかし咄嗟の勢いが付き過ぎたのか、龍斗は平行を失い、軸足を捻ると蹴り上げた格好のまま大きく体勢を崩す。
そして運悪く、折しもここは那智滝の小高い断崖の上。水流に削られた踏ん張る為の足場さえ重みで崩れ落ち、益々支えを失った身体は呆気なく空中に投げ出された。
「龍斗…――」
目の前の一匹を斬り捨て咄嗟に駆け出したが、果たして間に合う物かどうか。
だが、どうあっても龍斗だけは死なせてはならない気がした。
「―――龍っ!!」
そうして伸ばした手が掴んだ物は――――
刻は少し遡り、天戒は龍斗との見回りを村の中から外にまで広げ、二人で一緒に山中を歩いていた。
「確かに陰気が濃い気はするな」
「ああ、元々先代嵐王がこの山を鬼道衆の根城に選んだ理由も、此処がこの辺りで一番陰気が強かったからだ。だが、この空が雲ってからのここ二、三日、急激にそれが増した気がする」
先日から肌で感じる異変を話しながら、天戒は眉間を寄せて木々の合間の空を仰ぐ。消えた陽の所為で、この辺りも大分木々の匂いが濃くなった。
「陰気が濃くなると余計な者も集まって来るからなぁ…」
「うむ、警戒せねばならんのだ」
陰気の性質、流れ。外法を熟知し、駆使する天戒はそれを良く知っている。何よりも自身がそれを利用し、江戸を混乱に陥れようと企んでいたのだから、その危険性も十分に承知していた。この調子で陰気が溜まり、やがて辺り一体に満ちれば、元々曰く付きのこの山の事、龍斗の言う通り余計な者まで目覚めてしまうだろう。そしてそれは即ち護るべき者達の危険に直結する。
「まだ実際には何も起きてはいないが、用心に越した事はないからな」
「そうだな。下忍達も村の警戒を強めてくれているみたいだし、外は俺達が注意しないとな」
実際には、鬼道衆ではない龍斗には鬼哭村を護る義務も義理も無い筈なのだが、言い種はまるで身内の様に、そうやって同意を示してくれる事を天戒は素直に有り難く思う。
只単にお人良しなのか、もっと深い思慮からかは分からないが、それらが仲間達から悉く警戒心を取り払い、自然と今朝の様に賑やかな雰囲気を作るのだと、そう好ましく思う。そしてそう思えばこそ、この妙な親近感にも説明がついて安心出来る気もした。
「江戸の方はどうだ?やはり」
「待て―――何か臭う…」
更に天戒が話を繋ごうとすると、不意に、す、と押し止めるように身体の前に龍斗の手が伸び、立ち止まると険しい顔で辺りを見回す。
「臭う?何が…―――」
怪訝に思い天戒も龍斗に倣うと、濃い木の匂いに混じって微かだが、確かに生臭い風が鼻に付き、ぴくりと眉間を寄せると低く呟いた。
「血か…」
「…ああ。それも、人間の…」
「あちらの方だな」
一気に神経を尖らせ、風上、那智滝の方角に当たりを付け駆け出すと、龍斗も後に続く。
そうして獣道を暫く踏み分け入ると、灌木の向こう、少し拓けた場所で何かが蠢くのが見えた。
「あれだ…」
「ああ、もうはっきりと臭う…」
立ち止まり、気配を殺すと二人はそっと草を掻き分けて近付く。姿を隠さないのは、そこにいるのが何者であろうと結局は野放しに出来ない以上、隠すだけ無駄だからだ。しかし幾ら気配を消したとしても、消し切れない草擦れの音や、顎を上げれば在る姿に普通なら気が付きそうな物だが、蠢く複数と見られる影は何の調子も変えず、近寄られるがままになっていた。
「……犬…?」
そろそろと視認出来る位置まで近付いて、天戒は怪訝として呟く。
輪を作り、尾を揺らしながら何かを一心に貪っているその影達は、何の変鉄もないただの山犬だった。
不可解に思って眉間を寄せていると、背後から龍斗が肩を叩いて、神妙な手付きで山犬達の足元を指差した。
「天戒…あれ…」
「何……―――!」
天戒は言われるまま視線を下げ、そして驚愕する。
「人…間……」
山犬達の足の隙間から延びる、投げ出された手はぴくりともしない。影になっている部分に目を凝らせば、血にまみれ噛み砕かれた頭部がこちらを向いていて、壮絶な苦痛を留めたまま、剥かれた眼がこちらを見ていた。
「…村の…人か…?」
「…いや、見掛けん顔だ…。それに村の者達には無闇に出るなと言い付けてある。あれは恐らく迷い人だろう…」
その惨状と、山犬達の骨を舐め、肉を咀嚼する音に露骨に顔をしかめた龍斗が尋ねて来る。否、と答えはしたが、これだけ生前と変わってしまっていては、果たしてそう言い切ってしまっていいものかも怪しかった。
「そうか…可哀想に…。俺達がもう少し早ければな」
「……詮無い事だ、言っても仕方あるまい…。それよりも、次は俺達の番の様だ…」
村の者でない事を願いはすれど、今はそれよりも、と天戒は辺りに鋭く眼光を走らせる。
「多いな。まだ隠れていたのか…」
「こう草が繁っていては不利だ。…走るか?」
「せめて出た方がいいだろうな。あの骸も、いつまでも辱しめられたままなのは憐れだ…」
「…ならば着いて来てくれ」
「ああ」
「―――行くぞ」
手近の小枝を素早く拾い、骸に群がる山犬に投げ付けて誘き寄せてから二人は駆け出す。と同時に辺りの草むらから一斉に山犬達が姿を現し、狂気に吠えながら二人を追い掛けて来た。
「どうやら陰気にあてられてるみたいだな。眼が尋常じゃない」
「ああ、油断するな」
獣道故前方の木々や岩と言った障害物と、後方の追走者を気にしながら走るのはかなり骨が折れたが、鍛練を重ねた二人には走り切る事は不可能ではなかった。
そうして獣道を抜け切ると目の前には河原が広がり、辺りに轟音が響く那智滝の上に出た。
「那智滝…?」
「ほう、知っているか。ここなら無理に倒さずとも、川に落とせばそのまま滝壺の底だ」
「成程、惨い事を考えるな」
天戒の策に龍斗はく、と口角を上げると、身を翻し構えを取る。
「…何も全てを落とせとは言っていない。川を穢すのも本意ではないからな、最善は勿論、倒し切る事だ」
強く言い、天戒も抜刀すると脇に構えた。
すでに辺りはもう囲まれており、歯を喰い縛り涎を滴らせながら唸る山犬達が飛び掛かる隙を窺っていた。
「…俺は左、天戒は右な」
「む…?」
柄を握る手に力を籠めた時、龍斗が呟く。
「折半しようって言ってるんだ。半分は任せたぞ」
「…――」
こちらを見てにっ、と笑い、いつかのようにぽん、と背を叩かれて、天戒は不意に昨夜の寡黙な少女の言葉を思い出した。
龍斗は肩を並べる相手を選ぶと言った彼女の言葉を信じれば、自分は認められているという事なのだろうか。お前になら背中を預けても良い、と。
「……感謝する」
「え?」
小さな呟きにきょとんとする龍斗に微笑を返すと、天戒は山犬の群れに向かって駆け出した。
つい先日までは敵だった。今はまだ敵では無いというしかない筈だった。にも関わらず龍斗は村人を気遣い、自身にはもう背を預けてくれた。
そうして今や、天戒自身にもその思いが芽生えている。何の違和感も無く、まるで最初からそうであったような自然な感覚。そしてそこから生まれた思いに応えたい、という強い意志。戸惑う程の懐かしさも朧げな夢も、全てはそこに繋がっている様な気がして、天戒の心の靄をいつ振りにか晴らして行った。振るう刀でさえ今は軽く、背後に感じる気はただ心地良い。
だが、やはり闘いの最中だけあって、二人を襲う危機は突然訪れる。
「龍斗…――」
振り向いた先、不運にも足場が崩れ落ちて空中に投げ出される龍斗に、天戒は咄嗟に駆け出し手を伸ばした。
「―――龍っ!!」
確かな感触と、引っ張られる重みで身体が沈む。そのはずみで激痛が腕を襲ったが、ぐっと堪えて地に手を着いた。
「―――くっ…」
がらり、と崩れた岩や小石が、音も無く滝壷に消えて行く。
「――…天戒……」
緊張に息を詰めた龍斗の声がして、天戒は平静を引き戻すと苦笑を浮かべた。
「大丈夫か?龍…」
天戒と片手一本で繋がり、ぶらりと宙吊りになった龍斗の顔には何故か焦燥より戸惑いの色が濃い。
「あ、ああ…、それよりお前こそ…」
「大事無い。ありったけの山鬼を放っておいた。気休めにしかならんだろうが、暫くは保つ」
実は駆け出す瞬間、天戒は懐からありったけの山鬼を宿した符をばら撒いて来ていた。だからこうして敵陣に背を向けていても、背後では符から立ち上がった山鬼達が山犬達を喰い止めていてくれる。
何も襲って来ない様子から龍斗もそれを理解したのか、表情を少し緩めると、空笑顔を浮かべた。
「そんな物があるなら最初から使えよ」
「言っただろう?気休めにしかならん、と。何にしろまずはお前を引き上げねば、結局は共倒れだ」
「そうだな…」
言って天戒は、掴んだ龍斗の腕をぐっ、と引き上げようとするが、身体が鍛え上げられた成人の男を片腕一本で引き上げるのは容易ではなく、しかも先程助けようとした際に負荷を掛け過ぎた腕は、どこか筋を痛めたのか、微かな痺れで思う様に力が入らなかった。
顳顬を伝う嫌な汗が顎から滴り、龍斗の瞼に落ちる。
「天戒…」
「……一つ言っておくが、放せ、等とは決して言うなよ?」
痛みと、気遣わしげな龍斗の表情が煩わしく、誰の所為でこうなった、と冗談混じりに毒付きたくなるが、そうすると相手が陳腐な自己犠牲を語り出しそうで、それはさせまいと取り敢えず先手を打つ。
すると龍斗は一瞬目を見開いたが、掴まれている手首に力を入れ拳を握ってみせると、強気な笑みを浮かべた。
「誰が。俺はもう命を諦めない事にしているんだ。格好悪くても最期の最後まで足掻いてやるさ」
「ふ、結構な事だ」
状態は間抜けていても、笑みついでに胸でも張りたそうなその頼もしさに苦笑が零れるが、次に龍斗が不意に向けた、射抜く様な強い眼差しに天戒は瞠目する。
「それに――」
「…?」
「それに、俺はお前を信じているからな、天戒」
「―――……」
その漆黒の瞳の奥に見える揺るぎない信念と不屈の魂。向けられる言葉の全てが龍斗の真実だと疑う事なく信じられ、天戒の手に自然と力が籠る。
どれだけ腕が痛もうと、敵に背後を襲われようと、この手だけは放すものか、と思った。
「っ…!」
改めて力を入れ直すと、天戒は歯を喰い縛って龍斗を引き上げようとする。龍斗が嵌めている手甲を縛る紐が、汗で滑りそうになる手をかろうじて留め、龍斗も天戒の手首を掴みながら、どうにか足場を探そうと足裏を岩肌に押し当て探るが、苔むした岩は滝からの湿気で滑って上手く引っ掛からなかった。
山鬼と山犬が競り合う音を背後に聞きながら、二人は体裁も気にせず足掻くが、その時、一歩こちらに近付いた山犬の鳴声がして、天戒ははっ、とすると肩越しに振り向いた。
十数体の山鬼の隙間を掻い潜り、こちら目掛けて駆け出した山犬との距離は既にほとんど無い。三間、二間と間近に迫る敵に焦りを隠せず、最早躱す術は向けられた信頼を手放すのみだったが、しかしそれだけはどうあっても許せなかった。
「くっ…――!」
「天戒っ…」
龍斗の焦燥の声が聞こえる。だが、そちらに構っている余裕は無い。
そして一間、遂に敵は地を蹴った。
「放―――」
「―――龍閃脚!!」
傷を負う覚悟と龍斗の叫びと、掴む手に一層力を籠めたほぼ同時に、それは天戒の目の前を横切った。
「―――…!」
「御屋形様!大丈夫ですか!?」
飛び出し様に山犬を蹴り飛ばし、大声を出しながら振り向いたのは、今の今までこの場にはいなかった筈の風祭だった。
「澳…継 …」
命拾いした、という理解と驚きとで、天戒は呆然と呟くしかなかったが、その内に今度は横からす、と腕が伸びて、龍斗の腕をしっかり掴んだ逞しい手がそのまま龍斗を引き上げた。
「遅くなってすみませんでした、若」
「…尚雲―――」
「龍斗も、大丈夫か?」
「あ、ああ…助かった…」
天戒の腕を重みからあっさりと救った九桐は、引き上げられてへたりと座り込む龍斗を笑うが、二、三匹ばかり山犬を蹴散らしてから戻って来た風祭は、九桐を押し退けると龍斗の頭を叩いた。
「ぃてっ!」
「おい龍斗!てめぇ何御屋形様に迷惑掛けてんだよ!俺達が来なかったら御屋形様が大怪我する所だっただろ!」
「…否定は出来ないけど、お前に殴られる筋合いは―――危ない!」
そんな風祭を拗ねる様に睨んだ龍斗だったが、はっ、とその背後に目を遣ると、風祭の胸倉を掴んだ。
「っ?!」
「―――符咒・剪紙兵」
しかしもう少しで風祭に届きそうだった山犬の牙は、龍斗が風祭を引き寄せる前に妖艶な声と共に突然目の前に広がった人形によって封じられ、ついでに他の山犬達も一緒に弾き飛ばされた。
「…やれやれ、一体どっちが迷惑掛けてるって言うんだろうねぇ。ねぇ、そう思わないかい?たーさん」
「―――桔梗…お前まで…」
風祭に九桐、そして新たにくすくすと笑いながら山犬達の背後から現れた桔梗も加え、次々に集まって来る鬼道衆に龍斗は驚いた様で、ぽかん、としている。だが、勿論それは天戒も同様だった。
「お前達…どうしてここが…」
「俺と九桐は山ん中で鍛錬してて、そしたら嫌な気を感じたから来てみたらこの有様で。驚きましたよ」
「あたしは村を出た時に血の臭いがしたから、それを辿って来たんですよ」
それぞれ丁度山中にいたらしく、まるで示し合わせた様な偶然に龍斗は汗を含んだ前髪を掻き上げ、脱力した様に笑う。
「は、はは…凄い偶然だな…」
「ああ、そしてその偶然に俺達は救われたのだ。…礼を言うぞ、お前達」
天戒もまた頼もしい仲間達に安堵すると、膝に手を着いて立ち上がり、捨てていた刀を拾った。
「若、龍斗も怪我をしてるんじゃないですか?ここは俺達に任せて休んでいた方が…」
「いいや、俺はやるぞ。片足捻ったくらいで音なんか上げてられるか。それにお前達見てなんか元気も出て来たしな」
九桐の慮る声を遮って龍斗も立ち上がり、そろそろ山鬼も尽きようとしている戦場に向かって拳を合わせる。力強さの戻るその瞳に笑い、天戒もその横に並ぶと左腕一本で刀を構えた。
「ああ、この程度の輩なら片腕一本でも問題は無い」
「若、龍斗…」
そして呆れたように苦笑する九桐もやがて槍を構え、風祭、桔梗と、各々龍斗達に倣っていった。
「…よし。天戒、桔梗、尚雲、澳継 」
滝が上げる飛沫の音にも負けず響く龍斗の声は、どこまでも力強い。
「―――やろうぜ、皆で」
元より負ける気等しなかったが、それはもうとっくに確信に変わって、天戒達の背中は自然と前に押し出された。
「天戒」
仲間達と協力して全ての山犬を倒し切り、辺りに累々と横たわる死体を横目に一息吐いた時、龍斗が声を掛けて来た。
「ん?」
「有り難うな」
刀を納めながら振り返ると手が差し伸べられ、天戒は目を丸くする。
「何がだ?」
「助けてくれただろ?だから」
龍斗のその礼が崖から落ち掛けた時の事だと思い出すと同時に、少しばかり不愉快だった事も思い出し、天戒はふい、と顔を逸らすと、手を撥ね付けた。
「…別に礼を言われる様な事ではない。それにお前は最後に放せ、と言い掛けただろう」
「…!」
あの時、危機一髪の状況の中でも、天戒はその声を確かに聞いていた。風祭の登場で最後まで発せられる事は無かったが、あの時確かに龍斗は放せ、と叫び掛けた。
「俺が釘を刺したにも関わらず」
恨みがましげな声音に意外そうに目を見開く龍斗を横目でねめつけると、相手は視線を落として、溜息混じりに首を振った。
「…仕方ないだろ。あの時はああしないとお前の命が」
「お前の命はどうなる」
「え…?」
「諦めないと言ったお前の命はどうなる」
しかし言葉を遮ってまでの強い語調に龍斗はたじろぐと瞳を揺らす。天戒は真っ直ぐ龍斗に向き直ると、歩み寄ってその腕を掴んだ。
「俺はそれを頼もしく思うと同時に、絶対にお前を失いたくないと思った。それは、お前はもう俺達の仲間だと思ったからだ」
「…―――」
「村の者達がいる以上、俺は死ぬ訳にはいかぬ。だが、それはお前とて同じなのだと感じた。…残される者の気持ちは分かる、残してしまう者の気持ちも分かる。俺はどちらも御免だと思うが、お前は違うのか?龍」
桔梗や九桐、風祭といった鬼道衆の仲間、鬼哭村の人々。頭目として彼等と共に生きたいと願うが、それは当然天戒と彼等、どちらが欠けても成り立たない。だから天戒は失いたくないと思う。憎き幕府の前に散った父親、残された痛み、二度と味わいたくはない。そして天戒以上に沢山失って来ただろう彼等にも、もうこれ以上味合わせたくはなかった。
「…あの時、どうすべきだったのが正解なのかは分からぬが、俺もお前も大切な者がいる以上、死んではならぬという事だけは確かだったのではないか?」
そして龍斗にも、きっと同じく失いたくない者がある。それは龍閃組の仲間か江戸の人間か、それとももっと他の何かか。
そうして龍斗は失う痛みさえも知っているのだと思う。同じ痛みを知る沢山の鬼道衆にこれまで向けられていたあの眼差しは、ひょっとしてそれを物語っていたのではないか、と。
「天戒…」
龍斗は腕を掴むそんな天戒の手に自らの手も重ね、そっと引き離すと、酷く優しげな眼差しで微笑う。少なくとも天戒はそんな気分ではないにも関わらず。
「…有り難う。でも、それでもやっぱりいざという時、俺はお前を優先してしまうよ」
「………」
「お前だけじゃない、桔梗達だって俺は優先する。それは…二度と、大切な仲間を失いたくはないからだ」
「龍…」
しかし痛みを知る事、もう充分分かっているのに、龍斗はどうしてこれ程愛おしむ表情を見せるのだろう。
天戒は覚えた苦みに眉根を寄せる。思えば、この苦みが今まで天戒を悩ませて来たのだった。憐れまれているとは思わないのに、涼浬達には見せていなかった表情を鬼道衆に限って見せるのは何故か。天戒達鬼道衆は、確かに此処にいるというのに。
「…俺は、死なない」
龍斗を想い、天戒の口から自然と零れる言葉に、龍斗は眉を下げてくしゃりと笑う。
「…うん」
「俺達は、絶対に死にはしない」
「うん…」
「だから、お前も死ぬな」
天戒は掴まれたままだった手を一度解き、改めて固く組み直すと、それを目線の高さに上げ、その向こうに龍斗の目をしっかりと捉えた。
「俺達は共に生きる《仲間》だ―――龍」
「―――ああ…」
龍斗もまた噛み締める様に瞼を伏せると、次の時にはもう表情をいつもの人好きのする笑みに変え、桔梗、九桐、風祭、そして天戒と、仲間達を順番に見渡し、応える様に強く手に力を籠めた。
――そう、この熱のように、確かに今此処に生きている。
「それにしても、嬉しい物だな。《仲間》という響きは―――」
終
… 一 段 落 … 。ようやくだなぁ…。
結局最後の痴話喧嘩(笑)の所為で、男らしい御屋形様に路線修正出来たのかは謎ですが、まぁ一先ずはこれでいいんですよ、きっと。
だって会合で雄慶と龍斗の席位置を巡って争うようになるくらいなんだから(w)、これくらい好きになって貰わなきゃ可笑しいってもんですよ。そんでどうやら仲間の事好き過ぎるたっちゃんもそれを見てニヤニヤしてればいいんですよ。そんで涼浬に気持ち悪がられていればいいんだ。
で、さて、次は本当にこの「絆」の最後まとめですよ。
[7回]
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