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【2026/08/18 20:44 】 |
迷いの行方
再び涼浬さんのターン。




家々の明かりはもう消えて久しい。だが村内には角毎に松明が焚かれ、真っ暗な闇夜から村を守るように辺りを照らしている。忍である彼女にとってはそれは忍び難い条件の一つではあったが、今この時に限ってはそれはさして重要な事柄ではなく、仮にもし見つかったとしても、何か咎めを受ける様な事由も特に持ち合わせてはいない。
閉じられた正門ではなく警備の薄い、隔壁のように高い丸太を連ねた壁を持ち前の身軽さで容易に乗り越え、鬼哭村内に戻った涼浬は僅かな闇を選び九角邸へと足を進めた。
先程迄その屋形の主、九角と妙な偶然から川辺で言葉を交わし、その後刻をずらして戻って来たのだが、出た時同様燃える松明の音以外村はしん、と静まり返っている。しかし涼浬はふとその中に砂を摩る二人分の足音を聞き出し、陰から顔を出すとその方を見る。涼浬の様に忍ぶ風もなく、どうやら男女の二人組が松明の明かりに照らし出されて、やがてその姿をはっきり浮かび上がらせると、涼浬は思わず息を呑んだ。
こんな夜更けに二人手を繋いでのんびり――少なくとも涼浬の目にはそう映った――と歩くのは、龍斗と見知らぬ異国の娘だった。

「――…」

松明の灯りに染まった長い金の髪に異国の衣装、手首の枷と鎖も妙だったが、彼女も鬼道衆の一員なのだろうか。龍斗もその娘も無言だったが、繋いでいる手と微かに緩んでいる頬が二人の親密さを物語っていた。

「………?」

苦しさに呑んでいた息を吐き出すと同時に胸が痛み、涼浬は小首を傾げるとそこに手を当てる。ちくりとしたその痛みは以前にも感じた事があるようで、しかしそのどれとも何か違う様な気がして、急に涼浬を妙に落ち着かなくさせた。
我知らず足は行動を始め、それまで以上に気配を消した涼浬は、気が付けば細心の注意を払いながら二人の後を尾けていた。
正門とは別の方向に向かった龍斗とその娘は、下忍が見張る別の小さな門から村の外へ出て行く。涼浬もまた、いけないとは思いつつも少し離れた所から木の隔壁を乗り越え、すぐ門側へ回るとしっかり二人を捉えた。
二人は相変わらず手を繋いだまま目の前の本当に闇でしかない森に踏み込み、姿を辺りに溶かして行く。百戦錬磨の龍斗ならともかく、ただの女にしか見えない娘までも全く躊躇を見せずその闇に踏み込んでいく事に軽く驚きはしたが、しかし職業柄夜目が異様に効く涼浬の目をくらます程ではなく、その後の事を思えば幸か不幸か、森に入った後も見失う事なく後を追えた。
涼浬は枯葉を踏む音を抑える独特の歩方を取りながら、視認出来る限界の距離を保って行き先を見守る。しかし対象はそれ程奥までは行かず、少し拓けた所で立ち止まると、そこでようやく手を放した。

「龍斗…」

上着を掛けようとする龍斗を制し、異国の娘は彼の顔に両手を伸ばす。涼浬の位置からは龍斗の後姿とその向こうの娘の顔しか窺えなかったが、どうやら彼女に顔を触らせているようで、ご丁寧に高さまで合わせてやっている。

「………」

二人は一体どんな関係なのかは分からないが、少なくとも友情よりは親密で、少なくとも彼女は自分よりは龍斗に気安く触れられる存在である事は間違いなく、涼浬は途端に虚脱感を覚えると、自分は一体何をしているのだろう、と虚しく思い、音を立てないよう踵を返した。
何よりこれ以上盗み見るのも悪い気がしたし、涼浬自身ももう見ていたくはなかった。



結局昨夜は余り寝付けず、鬱々としたままぼそぼそと朝餉を摂ると、涼浬は一人屋形を出た。
拗ねる訳ではないが、帰りの刻まで一人で少し考えようと村の門までをとぼとぼ歩いていたが、しかし門に辿り着く前にこうなった原因に呼び止められ、眉間を寄せた。

「涼浬」
「……何ですか?」

我ながら随分と低い声が出るものだ、とどこか他人事の様に思いながら振り返ると、駆けてきた龍斗は目を丸くして立ち止まり、首を傾げた。

「…何怒ってるんだ?」
「別に…、怒ってなどいません」
「怒ってる。否、悩んでるな。今朝も挨拶してもろくに返事してくれないし、飯食ってる時だって元気が無かった。何かあったのか?」

たった朝様子を見ただけで、相変わらずの目敏さに感心しつつも、それが気に入らない涼浬は黙ったまま顔を背ける。

「涼浬?」
「………」
「…俺には言えない事なのか?」

そんな涼浬の心境等露知らず、心配そうに顔を覗き込んでくる龍斗の距離は近い。

「…だったら無理強いは出来ないけど、もしそれが俺の落ち度でならちゃんと言ってくれな?俺達は別に遠慮し合う仲じゃないんだからさ」

そしてくしゃりと頭を撫でる大きな手。いつもなら心地好ささえ感じるそれが、今日ばかりはただ生暖かいだけで。涼浬は不意に過った昨夜の龍斗と異国の娘との逢瀬に身を固めると、顔を強張らせた。

「―――」
「…涼浬?」

しかし龍斗はやはりそれを敏感に察知し、不審そうな声を出す。天戒等は気付かない涼浬の些細な表情の変化を、龍斗はこうしていつだって見逃しはしないのだ。
もはや感心を通り越して半ば呆れてしまうその観察眼に、涼浬は強張った表情を解くと観念して項垂れた。ならば隠したり忍ぼうとするだけ無駄なのではないか、と。

「……昨夜…」
「え…?」
「昨夜…龍斗さんをお見掛けしました…」

意を決して涼浬は口を開いたが、目線だけはどうも上げられない。

「俺を?」
「はい…。異国の女性の方と…歩いてらっしゃいました…」

そして自分でも嫌になるくらい気弱な声になってしまったが、龍斗はぴくりと指先を動かすと頭から手をどけた。

「――…見てたのか?」
「あ、いえ…私も少し外に出ていて、その帰りに本当に偶然…」

少しの驚愕が混じった声音に、涼浬は自分がそれを尾行していた事を思い出し、後ろめたさに咄嗟に顔を上げると思わず嘘を吐いてしまった。
しかし龍斗はそうか、と頷いただけで、特に否定も動揺も見せず、腕を組んで難しそうに眉間に皺を寄せただけだった。

「…?あの方も鬼道衆の一員なのでしょうか…?龍斗さんを覚えていない?」

龍斗のその様子を訝りながらも訊ねると、龍斗はうん、と頷いて苦笑した。

「でも、彼女の場合は俺をちゃんと覚えてくれてるけどな」
「え…」
「…彼女なんだよ、俺をまたここに来させてくれたのは」
「?どう言う…」
「彼女の不思議な力のお陰なんだ。鬼道衆で一度死んだ俺を彼女が…比良坂がもう一度やり直す機会を与えてくれた」
「まさかそんな事が…――」

あるんだよ、と龍斗は笑うが、例えどれ程強力な力であれ、ただの人間が《人の生死》という最も繊細で輪廻の根幹を司る物を左右出来るとは到底思えず、涼浬は絶句する。それが出来るなんて、比良坂とかいうその娘は神か何かとでも言うつもりだろうか。

「俺もはっきりとは分からないけどな。でも比良坂が俺の運命を変えてくれたのは事実だ。そして比良坂だけが俺を覚えててくれた。凄く嬉しかったよ」

だが、照れ臭そうに少し視線を上げながら頬を掻く龍斗を見ていると何故か騒めく心に、今は比良坂の力がどうとかそんな事はどうでもいいように思えて、涼浬はぐっ、と拳を握った。龍斗が言う運命の転機の前に出会い、それを助けた比良坂と、その後に龍斗と出会った涼浬。その何か越えられない力と繋がりが、何故か無性に悔しかった。

「…だから、手を繋いで夜更けに二人暗闇に入ったのですか?」
「…え?」
「再会の喜びを、触れ合い分かち合う為に?」
「…――」

どうしてこんな気持ちになるのか分からない。分からないが、そう感じるのは事実で、それが酷く胸を苛み気持ちを前へと押し出した。尾行への後ろめたさも忘れてまるで責めるように言うと、龍斗は困惑したように瞳を左右させたが、やがて眉をひそめると真剣な眼差しで見返してきた。

「…尾けてたって事か?」
「…!」

涼浬はそれにびくっとして身体を引くが、怒ると思われた龍斗は前髪を掻き上げて深い溜息を吐いただけだった。

「…流石忍だな。全く気が付かなかった…」

感心しているのか何なのか、思いがけず参った様に憂いを浮かべる表情に涼浬は気勢を削がれ、消沈して俯いた。途端にまた罪悪感が頭をもたげて来る。

「すみません…。でもどうしても気になって…」
「……どうしてだ?」
「…え?」
「どうしてそんなに気になったんだ?」
「―――……ぇ…」

しかし、突然まじまじと本当に不思議そうに聞かれて、彼女は一瞬時を忘れる。
その場に聞こえていた村人の喧噪や生活音も一気に遠ざかると、呆然とした涼浬の頭の中を目紛しく映像が駆け抜け、やがてそれらが全て通り過ぎた次には、言い様のない羞恥が襲って来た。

「涼浬―――…」

龍斗が目を見開く。

「…ぁ――――」

涼浬は狼狽えて半歩退き下がると、砂利を強く踏み躙って踵を返し、龍斗に背を向けて逃げる様に走り出した。
龍斗からは、追う声も足音も何も聞こえては来なかった。



涼浬は村を出て、とにかく闇雲に森の中を進む。
どんなに冷たい風を受けても冷めてくれない熱い頬に戸惑いは収まらず、混乱する頭で必死にその原因を思い出す。
どうして、と聞かれて、頭を過ったのはこれまでの龍斗との日々だった。励まされた事、慰められた事、諭された事。そして何よりも、いつも優しく笑い掛けてくれたその笑顔。思い出すだけで心音が高鳴る。

「どうして…」

涼浬は息苦しさにようやく足を止めると、すぐ側の木の幹に手を着いてそのままくったりとしゃがみ込む。そうして暫く心音を整えようと深呼吸を繰り返すが、しかし熱い頬同様鼓動はちっとも収まってはくれず、益々困惑する。いっそどこか病にでも掛かっていてくれれば分かり易くて有り難いと思ったが、どうやらそういう訳でもないらしく、途方に暮れるしかなかった。
だが、確かに思い返せば、どうしてあの時それ程龍斗と比良坂が気になったのかが涼浬には分からなかった。ただあの時も感じた妙に胸騒ぐ感じは、痛みと熱という違いはあれど、その源は同じ様な気もした。
そしてあの時、気になったのは龍斗よりも一緒にいた比良坂の方で、痛みを感じたのは龍斗の頬に触れる手ではなく、触れさせてやる龍斗の方だった。龍斗は誰にでも優しいからそれは特別な事ではないのかもしれないが、ならば同じ様に優しくして貰っている自身さえ特別な訳ではないという事になって、それを思うとまた心苦しかった。
彼の特別になりたかったのだろうか、と自問する。だが、そうだとしたらそれは何故なのか。

「分からない…」

憧憬か、幼さ故の独占欲か、それとも涼浬がまだ知らないようなもっと他の感情なのか。

「…龍斗さん―――」

やはりこれも、彼から教わらなくてはならないのだろうか。今まで幾つもの事を教えてくれた龍斗に、また縋って。

「っ………」

―――有り得ない。
しかし涼浬はすぐ様首を振って、ぐっと唇を噛み締めると苦渋に顔を歪める。
一人で沢山の物を背負い、辛くとも笑顔で立ち続ける龍斗の力になりたい。いつもそう思っているのに、今回の奈涸との事にしても、また頼ろうとするとは情けないにも程がある。
けれど、かといってこの気持ちはどうすればいいのだろうか。心配してくれた龍斗を振り切って逃げてしまった。謝りたいけれど、今戻った所で一体どんな顔をすればいいのか、本当に分からない事だらけで嫌気が差す。龍斗に伝えたい事もあった筈なのに、自分は一体何をしているのだろう。
気付けば涼浬は、手を着いた木の根元に座り込んで、膝を抱えて頭を埋めていた。



「―――…?」

それからどれくらい経った頃か、涼浬は不意に遠くに気配を感じ、顔を上げる。
しかし気配と言ってもそれは人ではなく陰気で、元々その色が強いこの山にあっても、こんな離れた場所にも届く程それは際立っていた。
涼浬は一気に感覚を研澄まし、その元を探る。

「一つ、二つ………否、もっと…?」

どうやら一つ一つはそれ程強くはないが、それが纏まって大きな気を構成しているようで、厄介な物なのだろうと窺わせる。

「とにかく行かなくてはっ…」

涼浬が感じる事が出来るのだ。少なくともこの森の中に入れば、龍斗や奈涸ら他の者達も気付いて駆け付けるのが当然だろうが、勿論その保証が無い事も分かっているし、更にここで他人事だと見捨てでもすれば、村にまで降りた陰気の集団が村人を危険な目に遭わせるのは火を見るよりも明らかだ。
一先ず共闘を約束した以上、例え鬼道衆の事であれ見過ごす訳にはいかず、何よりそんな自分ではきっと龍斗を失望させるし、自分自身でも到底それを許す事は出来ないだろう。

「……こんな事は…簡単に分かるのに―――」

先程までとは違い、素早く働く思考をもどかしく思いながらも、涼浬はとにかく駆け出した。







何故そこからもう一歩踏み出さないんだ…っていう(笑)
本当に鈍感にも程があるってもんですが、基本は原作準規で行きたいので、まだ到達させる訳にはいかんのが面倒臭い所(´・ω・`)
この連載、涼浬は結構動かし辛い。まぁ元々鬼道衆と龍斗に関しては涼浬は部外者な訳なので、当然っちゃ当然ですが…。でも龍斗×涼浬シリーズと銘打ってますので、そこは文句言わず頑張るぞ(`・ω・´)


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【2010/11/30 03:09 】 | 主×涼小説 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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