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【2026/08/18 15:29 】 |
澄明を示す・前
陰陽編終了直後の話。涼浬さんが頑張ります。





―――まさか本当にやってのけるとは…。

夜の川辺、流れる水の静かなせせらぎを聞きながら、涼浬は感嘆半ば溜息を落とす。吐いた側から白く上る息は辺りの寒さを何度も教えるが、涼浬は気にせず目を閉じると耳を澄ます。この冷えて澄んだ空気を伝い、遠くから微かに聞こえてくる轟音はこの先にあるという滝の物だろうか。四神の一、水を司る《玄武》を守護に持つ飛水の者にとって何よりも尊く、また何よりも心の安静を計れる大切な要素《水》。今目の前に流れるこの川もそうで、さらさらと流れる澄んだ音色は、月もなく暗雲に包まれた暗闇の中でも分かる程清らかな流れで、ここが鬼の本拠地だという事をつい忘れてしまいそうになる。
そう、ここは江戸を騒がせた鬼達の棲む双羅山。涼浬の兄が身を寄せ、そして涼浬が信頼する彼の人もかつて身を寄せたという村が在る山だ。

「………」

今ここにいる事が不思議だと思うし、また必然だとも思う。
涼浬は目を開け、物憂げに水流を見つめるとまた一つ白い溜息を落とす。

―――いいんだよ、これで。

あの日、龍斗はそう言うようにほんの少し寂しげに笑った。
新たに現れた柳生宗崇という真の敵を退ける為、龍閃組と鬼道衆、二つが一つの場所で結束した夜の事だ。
胸騒ぎを覚え涼浬が駆け付けた時、時諏佐の事を除けばその場の全ての事は既に終わっていたが、対峙するように向かい合った二組には妙な緊張が流れていた。ただ、その只中にあっても龍斗だけは変わらず、龍閃組の誰よりも先に鬼道衆に歩み寄ると、頭目の九角天戒の腕を極自然な仕種でぽん、と叩いた。その気安さと、労いと感謝、何よりも懐かしさに和らぐ瞳に天戒は戸惑ったようだったが、尖った空気はそこで少し薄れ、その場は取り敢えずお互いそれぞれの場所に帰ろうという事になった。また別の日に改めて席を設ける事を約束して。
その時分になってようやく涼浬がいた事に気付いたのは、やはり龍斗が誰よりも先だった。鬼道衆の背を見送る龍斗と目が合った途端、涼浬は思わず追わなくていいのか、と声を発しそうになったが、龍斗は押し止めるように目配せすると、小さく頭を振ってほんの少し寂しそうに笑った。それで涼浬は何も言えなくなってしまったが、龍斗は龍泉寺に帰ったその後改めて涼浬を呼び出してくれた。



「…他の皆さんは?」

龍泉寺を取り巻く回廊の一角、あの時とは違い夜風は酷く冷たいが、普段の装いに薄い羽織を掛けただけで、いつかの夜に二人で酒を交わした時と同じ場所に落ち着いている龍斗に、涼浬は隣に腰を降ろしつつやはり遠慮がちに話し掛けた。龍斗はまたも酒を手にしていたが、今日は杯は一つだけで、涼浬に呑ませようともしないようだ。

「ああ、色々あったから…思い思いって感じだよ。百合先生の事もあるし…、今は取り敢えず明日、円空和尚の処にお伺いを立てに行く事になった」
「そうですか…。時諏佐殿の事は思いやられますが、一先ずは皆さんご無事で何よりです」
「うん、…本当にな」

酒を注ぎ、一口付けてから答える龍斗の声は本当に安堵しているように聞こえるが、その表情に目をやると、憂いている訳ではないがどこか複雑な色が濃い。龍斗にとってこの状況は決して悪くない筈だろうに、一体どうしたというのだろうか。

「…嬉しくは、ないのですか?」
「ん?」
「龍閃組と鬼道衆が手を組む事、龍斗さんはそれを望んでおられるのだとばかり思っておりましたが…」

思ったままそう尋ねると、龍斗は目を丸くして涼浬を見返し、次いで苦笑を浮かべる。

「暴露てたか」
「…やはりそうですよね。しかし失礼ながら今の龍斗さんは余り嬉しそうには見えません。何かが思惑とは違いましたか?」
「思惑ねぇ…」

物騒だな、とでも言いたげに龍斗は片眉を上げ怪訝そうにするが、やや思案するように目線を下げると、ぽつりと溢す。

「そんな腹黒い物でもないけどな。そうだな…落胆はしたかもな」
「落胆?」
「甘えるなって怒られるかもしれないけどさ」

龍斗は自嘲気味に笑うと、杯の口を親指でなぞる。

「…俺さ、龍閃組と鬼道衆が交われれば、きっとそこで時が一気に集結して、鬼道衆の皆もきっと俺の事を思い出してくれるんじゃないかって、心のどこかで勝手に期待してた」
「――やはり…彼らは覚えてはいなかったのですか?」
「うん…。まぁよく考えればそんな虫の良い話がある訳がないし、こうしてもう一回やり直させて貰ってるだけ有難いってもんなんだけど、やっぱり寂しいのは事実でさ。ああして顔を会わせて喋ると、尚更思い知るんだよな」
「…話しは、しないのですか?」

寂しいと、そんな顔をするくらいならいっそ全て話してしまえばいい。笑われるだけかもしれないが、龍斗が言う事ならばあるいは、と捉えるかもしれない。少なくとも何かのきっかけにはなるだろう。
涼浬にはそう思えてならないが、龍斗は難しそうに唸るとちらりと涼浬を見る。

「…俺を仲間だって思っててくれた涼浬でさえあの反応だぞ?」
「っ…!」
「あいつらが俺をどう思っているか…この先どう思いたいのかも分からないのに、そんな一方的にはとても話せないさ」
「…すみません……」

言われて涼浬はいつかの狭量を思い出し項垂れるが、龍斗はくつくつと笑うとぽんと頭を叩いてくる。

「最初のは冗談だ。悪い悪い」

またからかわれている、と涼浬は眉間を寄せるが、今回ばかりは反発心は湧かず、肩を落としたまま呟く。

「…恥ずかしい話ですが…冗談にしては説得力がおありになる。…確かに、そうなのかもしれませんね」
「涼浬…」

頭に置かれた手の暖かさの所為だろうか。涼浬の脳裏にふとある人物の顔が浮かび、膝に置いた手をぎゅっと握った。

「私でさえ…」
「…?」
「私でさえ奈涸と…兄と再びまみえるのだろうと思うと、恐く思いますから…」

凝りは残るとはいえ鬼道衆と手を組む以上、それに与する奈涸とは必然的に顔を合わせる事になるのだが、涼浬にはまだ正々堂々と正面から向き合う勇気がない。涼浬にとって肉親である奈涸に対してさえそう思ってしまうのだから、他人で、ましてやつい先刻まで敵方であった相手に告げるのは、躊躇って当然というものだろう。
涼浬はやるせなく溜息を吐き、頭を振って龍斗の手を退けようとするが、龍斗は逆に涼浬の頭を抱え込むようにすると、ぐっと自身の肩に引き寄せた。

「――――…?!」

その突然の事に驚いて涼浬は身を固くするが、龍斗は宥めるように涼浬の髪をわしゃわしゃと撫でると、凭れさせたままそっと呟いた。

「…俺と一緒に、行かないか…?」
「……え?」
「俺と一緒に、鬼哭村に行こう、涼浬―――」



そうして今日、連れられて来た鬼の村。京梧達には二人だけで行くのは危険だと反対されたが、龍斗が半ば強引に押し切る形で説き伏せ、本当に二人だけで訪れる事になった。
涼浬は川辺にしゃがみ込むと、指先で水を弾きながら午間の出来事を思い出して苦笑する。やや強引に連れて来られたとはいえ、何処か気分が晴れているのは、ようやくあの人に向き合う事が出来たからだろう。
涼浬は自分の頭をそっと触り、懐かしかった温もりを思い出した。



今日の午過ぎ、鬼哭村に到着した龍斗と涼浬は、早速円空に提示された江戸城での会合の日時を頭目の九角天戒に伝えた後、話もそこそこに今度は桔梗という先日もいた妖艶な女の案内を受けて、ある一軒の民家に涼浬を連れて来た。

「龍斗さん、ここは…?」
「ふふ、入ってみれば分かるよ」

首を傾げる涼浬に答えたのは、何故か龍斗ではなく桔梗の方で、その桔梗は妖しく笑うと入るよ、と声を掛け戸を開いた。背に立った涼浬は訝しんでその後ろから中を覗き見るが、そこに待っていた人物を捉えると驚いて目を見開く。

「―――…兄…上……」

驚愕して呟いた涼浬に、現れる前からその気配に気付いていたのだろう涼浬の兄奈涸は、特に驚いた様子も無く正座のまま姿勢を正すと、すっ、と目を細めて涼浬を見返した。

「ほら、涼浬…」

一気に周りの空気が緊迫するが、龍斗に促す様に背を叩かれて涼浬が土間に足を踏み入れると、その後に龍斗も続いて戸を閉める。

「…龍斗さん…これはどうゆう…」

奈涸の視線を受け止めきれず、涼浬は縋る様に龍斗を振り仰ぐが、龍斗はにこりと笑んだだけで更に涼浬の背を押して一歩前に押し出す。先日不安を漏らした自分を気遣っての配慮だろうが、何の心構えも無かった涼浬はどうしたものかと眉を下げる。確かにこの村に来る以上今日奈涸と遭う可能性はあったのだが、自ら会いに行く事は考えていなかったし、まさかいきなりあちらがやって来る事もないだろうと何となく考えていた。
困った挙げ句涼浬は恐る恐る奈涸を見るが、当の本人は先程とは違い、やや不審そうな顔付きで龍斗を見ていて、涼浬は思わずきょとんとする。

「…君は確か、緋勇君…と言ったかな?あの刑場にもいた」

そして奈涸はふ、と微笑を浮かべ、何故か涼浬を飛び越して龍斗に声を掛ける。対する龍斗も口許に何故か不敵な笑みが浮かんではいるが、それ以外は相変わらず人好きの良い笑顔を見せる。

「ああ、緋勇龍斗。…龍斗でいいよ」
「そうか。では龍斗君、何故今日涼浬を連れて来たんだい?」
「勿論話をさせる為だ。どうせ遅かれ早かれいつかは顔合わせるんだ。それならいつだって同じだろう?」
「ふ、確かにそうだな」

それに、と龍斗は涼浬の肩にぽんと手を回す。

「俺はこう見えても龍閃組内では涼浬と一番仲良いんだ。俺が一緒にいる時の方が涼浬も安心するだろうしな」
「龍斗さん…」

少々乱暴な方法ではあるが、龍斗は本当に気を遣ってくれているのだと、涼浬は微笑を浮かべる。確かに一人よりも親しい龍斗が傍にいてくれた方がずっと安心する。
だが奈涸は貼付けたような笑みを一層深くすると、手近にあった盆を音もなく掴み、龍斗の顔面に投げて寄越した。

「?!」
「ぅわっ?!……っ危ねぇ…」
「おっとすまない、お茶を入れようと思ったら手が滑ったようだ」

涼浬が驚く間もなく投げられた盆を、仰け反りながらも見事な反射神経で掴んだ龍斗は冷や汗を流しながら言うが、奈涸は少しも悪びれた様子もなくしれっと言うと、炉端で火にかけていた急須に茶葉を入れた。

「奈涸…てめぇ…」

龍斗は盆をみしっと握り締め肩を震わせるが、その背後から急に桔梗の押し殺した笑い声がして涼浬達はその方を振り向く。戸の側に立って見物を決め込んでいた桔梗は口許を抑えてくつくつと笑っていた。

「…あんた達、会ったばかりだってのに随分と仲が良いんだねぇ。幾ら前に一度会ってるって言ってもこんな暢気な雰囲気でもなかったろうに」
「まぁな」

桔梗の笑い混じりの言葉に複雑な笑みを返す龍斗を、涼浬は気遣う様に見遣る。

「あんたも、随分と良い旦那と兄さんを持ったもんだねぇ、涼浬」
「は?」

しかし龍斗と奈涸から急に自分に話が振られ、涼浬は一拍置くと小首を傾げる。横では龍斗がぶっ、と吹き出して、奈涸はぴくりと片眉を動かして顔を顰めた。

「…今の会話で何故そういう話になるのです?」
「なんだい分かってないのかい。随分鈍い娘だねぇ」

涼浬の反応が望む物と違ったらしく、桔梗はおやおやと目を丸くする。すると咳き込んでいた龍斗がしたりしたりと相槌を打つと、また涼浬の肩を叩きながら笑った。

「涼浬はそこが面白いんだよ、桔梗。なぁ、奈涸?」
「…君に言われるのは癪だが、まぁ同意見だ」
「全く…、可愛いものは何したって可愛いって事かい?」
「はは、それ正解」

当の本人を蚊帳の外に、好き勝手に言って笑い合う三人に涼浬は釈然としないが、奈涸のこんな笑顔を見るのは一体いつ振りだろう、とふと思う。
兄妹二人、何の翳りも気兼ねもなかったあの頃を思い出し、懐かしさと同時に恨めしさも蘇って来るが、彼が今またこんな風に笑える程穏やかな心持ちなら、案外話し合うのは難しくないのかもしれない、と思う。それはやはり龍斗のお陰で。
涼浬はぎゅっと胸の前で拳を握る。

「そうだ、いつまでも立ってないで上がってはどう…」
「―――兄上」

意を決して声を振り絞ると、涼浬はは、とこちらを向いた奈涸を見据える。

「―――涼…」
「龍斗さん、有り難うございました。もう、大丈夫です」

気遣わしげに声を掛けて来る龍斗に、涼浬はしっかりとした眼差しを向けた。

「私を、兄と二人だけにして下さいませんか?」
「―――……」

龍斗の気遣いは無駄にしない。そう心を篭めて微笑むと、龍斗は目を丸くして涼浬を見つめるが、やがてふわりと目を細めると嬉しそうに笑みを零した。

「分かった。じゃあ、俺は外で待ってるよ」
「はい」

興味深そうに眺めていた桔梗を伴って出て行く龍斗の背を見送ると、涼浬は改めて奈涸に向き直り、土間を上がると炉を挟んで正面に座す。

「…涼浬……」
「…お久し振りです、兄上」
「…ああ」

奈涸からは戸惑っている雰囲気が読み取れるが、涼浬の真剣さを感じ取って一つ息を吐くと、微かに笑んだ。

「元気そうで何よりだ、涼浬」
「はい」

しかし本題に入ろうとする前に、奈涸は龍斗達が出て行った戸の方を見遣る。

「…彼とは、随分親しいのか?」
「龍斗さんですか?ええ、大変良くして頂いています。いつも何かと気に掛けて下さって…」
「その様だな…」
「…兄上?」

呟き、何やら遠い目をする奈涸を涼浬は不思議に思い首を傾げる。

「いや…、何だか彼は不思議な雰囲気を持っていると思ってな」
「そうですね…、他の方には無い何か特別な力を感じますが…」
「いや、そうではなく…」
「?」

分からない、と更に首を捻ると、奈涸は言葉を探しあぐねる様に唸り、難しそうに眉を寄せる。

「どう言えば良いのか…。先刻話していて思ったのだが、何処か懐かしい気分がする…」
「え…――?」
「彼はおよそ俺の記憶にあるどの人物とも一致はしないが、妙な感覚だ…」
「兄上…それは…―――」

まさか、と涼浬は思わず身を乗り出し掛けるが、奈涸は苦笑を零すと首を振った。

「否、妙な事を言っているな。きっと彼が余りにも気安かった所為だ。気にしないでくれ」
「っ………」

出端を折られ涼浬は言い掛けた言葉を飲み込む。ひょっとしたら奈涸は龍斗の事を覚えているのではないか、と思ったのだが。

「それよりも涼浬、俺への怒りはもう解けたのか?」

若干落胆した所に苦笑気味に聞かれ、涼浬は本題を思い出し顔を上げる。

「兄上…」
「こうして俺を兄と呼ぶという事は…」
「分かりません…」
「………」

目は逸らさなかったが、涼浬は困ったように眉を寄せると、言葉を探りながらも話し出す。
あの小塚原刑場から今迄。果たして自分は答えが見えているのだろうか。

「…けれど、少なくとも前程は憎くはなく…、前程は…兄上の気持ちが分かる様な気もします…」
「………」

ひどく辿々しい口調になってしまうが、奈涸は口を挟む様子もなく、ただ静かに聞いてくれる。

「やはり幕府は主君で…、私はまだ信じているけれども、兄上の言う通り、確かに全てが正しいとは限らない…。しかし、かと言って全てを否定するのも私は違うと思うのです…。現に幕府は、《龍閃組》を作りました」

そう、幕府は高潔ではないが、まだ奈涸が言う程堕ちてもいない。度し難い輩も中にはいるが、亡き将軍家茂公のように龍閃組を理解し、庶民を真に思い遣り考える幕臣も少なからずいるのは確かだ。

「時代を憂い、市井の人を想い…、集まった彼らのその行動は沢山の人を救いました。…そういった例がある以上、私達がすべき事は最初から目を背ける事ではなく、幕府が示す沢山の事から何が正しくて何が間違っているのか、それを自らの目で見極め選び出す事です。それは勿論誰かに強要される事でもないし、周りに合わせるべき事でもない」

――ああ、意外ともう自分は答えを見つけていたのかもしれない。
龍斗に投げられた幾つもの言葉が蘇り、思ったままを口にしていると自ずと見えて来る答え。
きっと龍斗はずっとそれを自分に教えようとしていたのだろう。

「だから…あの時兄上と私の道が違ったのは、そこで選んだ物が違っていたという事なのでしょう…」

龍閃組と鬼道衆、それぞれ相反する道を選んだ様に。
奈涸が里に為した事は決して正しい事ではないけれども、たった一人の妹と言ってくれた、その心は信じたい。

「…兄上、貴方は私のたった一人の兄です。だから最初から捨てられたのだと目を背けるのではなく、こうして龍閃組と鬼道衆が歩み寄ったように、私も貴方を理解してみたい」
「―――涼浬…」

迷いを捨てた涼浬の言葉に奈涸は驚いている様だったが、元より奈涸はきっとそれを望んでいた筈で。涼浬は何も心配する事なく兄の言葉を待った。
奈涸も暫し感心した様に涼浬を眺めた後、静かに息を吐くと微笑を浮かべた。

「…お前がそれを望んでくれるのなら、俺はいつでもお前を受け入れよう」
「…はい」

―――やはり兄は応えてくれた。
涼浬も微笑って返すと、もう一つ頷いて奈涸は立ち上がり、涼浬の傍まで回って来て片膝を着くと、ぽんと頭に手を置いてしみじみと呟いた。

「暫く見ぬ間に…大きくなったな、涼浬――――」



「―――…龍斗さんにも、伝えたいな…」

奈涸の次に浮かんだ相手に、涼浬はそっと呟く。
あの後、今度からは兄と一緒に骨董品屋を商う事にした、と伝えると、龍斗は嬉しそうに笑ってくれた。そして頑張ったな、と労ってくれて、また頭を撫でてくれた。龍斗のお陰でそうする事が出来た、一つの答えが見えた気がする事を伝えたかったが、しかし結局涼浬はその機会を逃してしまった。丁度やって来た九桐尚雲が龍斗を手合わせさせる為に連れて行ってしまったのだ。しかし龍斗は迷惑そうにしつつも嬉しそうだったし、その後九角天戒に招かれた夕餉の時、泊まって行く事になった後も龍斗の周りには常に誰かいて最後まで言い出す事が出来なかった。
当然いつかは言える機会もあるとは思うが、何分これから更に人気が増すだろう龍斗を思うと、この先二人でゆっくり話せる事はあるのかと心配になる。それ程龍斗の人柄は人を寄せ付けるし、涼浬にとって龍斗とのその時間は既に欠け替えのない物となっているのだ。
しかしそこ迄考えて涼浬は小さく首を振る。

「……いや、私より、龍斗さんがもう悲しまずに済むならそれでいい…」

この村に来れた事、龍斗は本当に嬉しそうだったから。
心配せずともいずれその機会も来るだろうと考え直すと、涼浬は立ち上がって村に戻る為踵を返した。どうも寝付けず勝手に抜け出してきてしまったから、いないと知れると龍斗達に心配を掛けてしまうかもしれない。
しかし踏み出そうとした瞬間、がさっという潅木が擦れる音と仄かな灯りが木々の奥に揺らいで、涼浬ははっ、として身構える。

「………」

獣ではない。人ではあるが、この山でなら人ならざる者であってもおかしくないのではないか。

「…そこに誰かいるのか?」

今度はその影から声がした。しかし聞き覚えのあるその声に、涼浬は構えを解いて呆然と呟いた。

「貴方は…―――――――」








さて誰でしょう?(笑)
取り敢えずまずは涼浬と奈涸を和解させてみました。これでいきなり二人で骨董屋やり始めてもおかしくはない筈。
後はたっちゃんと鬼道衆の面々ですね。頑張ろう。
それよりもタイトルが苦し過ぎる…。考えんのめんどいよ~…orz




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【2010/06/05 01:16 】 | 主×涼小説 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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