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【2026/08/11 17:25 】 |
緋勇龍葉の恋人
ジャンル:バレンタイン






花盛りの女子高生は一層華やかに、血気盛んな男子校生は女子のその行動に一喜一憂するこの日、登校する生徒で賑わう王蘭学院高等学校の下駄箱前では、周りのそんな空気等どこ吹く風で、相変わらず澄まし顔の如月が靴を脱いでいた。

「…今日はやけに騒がしいな」
「おいおい、まさかの当事者が何とぼけた事言ってるんだよ?」

遠巻きにチラチラと感じる視線を感じながら呟くと、横で靴を履き替えていたクラスメイトの男子が笑いながら肘で突いて来る。

「は?」

如月は何の事か分からず首を傾げながら下駄箱を開けるが、その途端足に何か軽い物が二、三個落ちてきて目を丸くする。目の前の綺麗にラッピングされた箱達とそれを見てニヤリとする級友。それで如月はようやく今日の日付を思い出した。

「そうか…もうそんな季節なのか…」

一日の始まりにも関わらず途端に沈んでいく気分に顔を曇らせると、如月は下駄箱に詰められたプレゼントを掻き分け上履きを取り出し、落ちた箱を再び元に仕舞うとスタスタと教室へ向かう。

「おい!チョコ置いていっていいのか?」
「別に欲しくないし、それに持って帰ろうにも適当な袋を持っていない」

顔だけで振り返りながら言うと、その級友は渋面を作る。

「出たなアイスマン。モテない奴が聞いたら怒るぞ」
「…冷たいついでに、欲しければ君にあげるよ」

思えばクラスメイトにこんな風に堂々とアイスマンと言われるようになったのは最近の事だ。自分なりに打ち解けてきた証なのか、なんだか妙な気分だった。

「生憎。俺は彼女にさえ貰えればそれで良いんだよ」
「彼女…」

しかしその級友の一言で如月ははた、と足を止める。
今日2月14日はバレンタインデー。朝からの浮き足立つような空気と感じる視線はそれの所為だろう。下駄箱のプレゼントや見知らぬ女子からのプレゼントはもはや例年の事で、今更気に掛ける事柄でもなく、また興味も関心も無かったが、今年からは如月も他人事ではなくなるのだろうと思うと、途端に頭痛を覚えて軽く頭を押さえる。
脳裏に浮かぶ無邪気な笑顔を思うと、溢れてくるのは期待とは程遠い不安と心配ばかり。果たして彼女はどんな思いも付かない手を使ってこのイベントを仕掛けて来るだろうか。
まずは事前にこの日の話を一切出す事のなかった、それが怪しいかもしれない。

「お、まさか如月も欲しいって思う子がいるのか?」
「…検討違いだよ」
「何だよ~。マジで恋とかに興味ないのか?」
「…さぁね」

面白がっている風情の級友に曖昧に返事をすると、如月はどうなるものか、と案じながら教室へ向かった。


事があったのはその日の昼休みだった。級友と食堂で昼食を摂る如月の元には、先程からちらほらと女子がやって来てはチョコを渡して行く。大半はいかにもミーハーな女子だが、中には本命っぽい物も少なからず混じっており、如月はその処分に悩んでいた。
というのも如月は本当に持って帰るつもりは無かったのだが、それを目敏く橘に感付かれてしまい、失礼な事をするな、とわざわざ紙袋を教師から貰って来てしまったのだ。しかし持って帰った所で食べきれる見込みもないし、それに不愉快なのはこの級友達もだった。珍しく食堂に――半ば無理矢理――誘われたかと思えば、入れ替わり立ち替わり来る女子と如月を見比べてはニヤニヤと冷やかしてくる。彼らが明らかにこれ見たさに誘ったのだろうという事は容易に見当が付き、如月は自身の迂闊さを悔やむ。

「如月センパ~イ」

そうしてまた一人如月の元に女子生徒がやって来る。如月は大きく溜息を吐いて目だけで振り向き、側に立ったその女子生徒に応じた。

「…何だい?」
「エヘヘぇ、モテますね~」
「………」

しかし楽しげで締まりのないその声はどこか聞き覚えがあり、如月はぴたりと箸を止めると違和感を訝りながら顔を上げた。

「モテるついでにわたしのも受け取って下さい」
「…………なっ…―――?!」

ズイっと突然目の前に差し出された亀甲型の箱はさておき、如月は暫しその眼鏡とお下げの女子生徒を凝視すると、驚愕の色たっぷりに大きな音を立てて椅子から立ち上がった。

「き、如月?」
「どうしたんですか?センパイ?」
「…なっ…何で…君がっ……!」

音に驚いて騒めく食堂とニコニコと首を傾げる女子生徒。如月は開いた口が塞がらず青冷めたまま呆然とするが、女子生徒に目の前で手を振られ我に返ると、そのままがしっとその腕を掴み食堂から引っ張り出した。

「ちょ、ちょっとセンパ~イ」

そしてあわあわと声を出す女子生徒を無視して校舎の裏まで連れて行くと、乱暴に腕を振りほどいてきょとんとしているその女子生徒を一喝した。

「どうして君がここにいるんだ!」
「え?どうしてってぇ…、わたしここの生徒ですけど…」
「~…馬鹿!そんな訳ないだろう!そんな変装で僕を騙せるとでも思っているのか?龍葉!」

そう怒鳴るとその女子生徒、もとい王蘭学院の女子生徒に成り済ました緋勇龍葉は、表情の力を抜くと掴まれた腕を擦りながら口を尖らせた。

「バカってぇ…別に騙すつもりじゃぁ…。騙せるとも思ってなかったしぃ…」
「じゃあ一体何なんだ。わざわざそんな格好までして。そもそもどこで手に入れたんだそんな物」

そんな何故か突然校内に現れた龍葉はご丁寧にも王蘭学院の制服を着ていて、眼鏡――恐らく伊達眼鏡だ――に左右お下げの三つ編みと、世間が偏見の元にイメージしそうな進学校に通う生徒そのままの装いをしている。そこに通う者としては複雑な気分だが、龍葉は自身の格好を見下ろすと、見せびらかすようにその場でひらりと一周した。

「エヘヘぇ、結構似合うでしょ~?翡翠くんは知らないだろうけどぉ、この世にはその手の道に通じた人がいるんだよ~」

ヘラヘラと意味の分からない事を言って、龍葉は感触を楽しむようにくるくると三つ編みを弄る。

「それにしてもぉ、やっぱり制服着てれば意外とバレないものなんだね~。ここまで誰にも怪しまれ無かったよ~」
「…ちなみにどうして後輩の振りになるんだい?」

とんでもない事をしている割には暢気な龍葉に心底呆れながら訪ねると、龍葉は言葉を探すようにう~ん、と首を捻る。

「わたしの事見ず知らずなんだからぁ、後輩じゃないと翡翠くんと一緒にいた友達に怪しがられるから~?」
「…もう充分に怪しまれたよ。僕が」
「あはは~…ごめんねぇ」
「全く…」

この後教室に帰ったら何と言われるか、と考えると、如月は自然と溜息混じりになってしまう。
しかし龍葉は余り悪びれた様子は無く、それどころかニヤニヤと上目使いに如月を覗き込んでくる

「でもでもぉ、やっぱりモテモテなんだねぇ、翡翠くん」
「…?!」

そういえば龍葉がここにいるという事は、食堂での女子とのバレンタインのやり取りを見られていたという事になる。と同時に、脳裏に以前あった厄介な龍葉の嫉妬事件が過り、如月は冷やりとする。あの時とは違い、今や如月と龍葉は付き合っている訳であるから、龍葉には当然のように焼き餅を焼く権利があるのかもしれない。

「…ま、まさか君…それを監視しに来た訳じゃないだろうね…」

面倒臭い事にならねばいいが、と恐る恐る訊ねると、龍葉はきょとんと目を丸くするが、ややあって心得たようにぽんと手を叩いた。

「あぁ~!違う違うそうじゃないよぉ~。これは素直な感想だからぁ、気にしないで~」
「はぁ…?」
「寧ろ翡翠くんがモテてるの見てると嬉しいっていうかぁ、やっぱり素敵なんだぁって思っちゃうしぃ」
「…君、以前橘さんに嫉妬していなかったかい?」
「あの時はほらぁまだ片想いだった訳だしぃ、色々不安になるのも分かるでしょ~?でも今はもう翡翠くんはわたしの物だしぃ、それに何より翡翠くんの事信じてるから何も心配してないよ~」

そんなものなのか、と如月は内心首を傾げるが、それよりも相変わらず何の照らいもなく満面の笑みで告げる龍葉が気恥ずかしく、如月は照れ臭さを誤魔化すように龍葉の両頬を引っ張った。

「誰が君の物だ」
「うに~っ」
「頼むから少しは恥じらいを持ってくれ」
「ふぇぃ、ふぉへんなしゃい…」
「それに勝手にこんな学校にまで押し掛けて来て、非常識過ぎる」
「ふぇい…」
「大体何しに来たんだ。君も学校があるだろう」
「ふぁ、ふぁかっひゃかりゃはなひて~…」

龍葉が頬を摘ままれたままばたばたと腕を振るから解放してやると、龍葉は頬を擦りながら溜息を吐く。

「も~…、正直翡翠くんに学校の事は言われたくないなぁ~…」
「う、うるさいっ。話を摩り替えるな」
「は~いはい…。学校はもうセンター試験が終わったら後は期末だけだからぁ、出席日数が大丈夫だったら三年は比較的自由なんですぅ~。翡翠くんは日数不足できっと知らないだろうけどねぇ」
「勝手に決めるな。…で、目的は?」

お互い溜息混じりになりながらも、如月はさっさと本題に戻す。

「バレンタイン」

しかし龍葉は一言だけそういうと、またさっきの箱を差し出してくる。如月は仕方なく可愛らしい亀の包装紙で包まれた亀甲型のそれを受け取ると、またか、と呆れながら箱を見る。

「どうして君はいつも亀が出てくるんだ…。というか、まさかそれだけの理由なのかい?」
「いけない~?」
「いけないに決まってるだろう。何考えてるんだ」
「だってぇ、驚かせたかったんだもん~」
「もう充分驚いたよ…。驚いたから、もう帰ってくれ」

はいはい、と龍葉の背中を押しながら帰るよう促すと、龍葉は焦るように肩越しに振り返る。

「ちょ、ちょっと待って~。彼女からのチョコだよ~?開けないのぉ?」
「…正直、彼女ってこんなものなのかな?」

眉が八の字になって、相変わらず豊かな龍葉の表情をしみじみと眺めながら呟くと、龍葉はびくっとして今度は不安気な顔になる。

「えっ?!…ど、どういう意味~?」
「付き合っていると言っても、別に今までと何も変わり映えがないような気がするんだが…」

というか、たまに本当に彼女だとかそいいう類いではなく、例えるなら小犬などの小動物の世話をしているような感覚になる。それは勿論付き合う前も含めてで。
関係が変われば何か変わる物かと思いきや、本当に意外な程二人の関係には何の変化も訪れなかった。

「ええ~、そんなものなんじゃないのぉ?」
「え?」

しかし龍葉はなんだぁ、と暢気な声で如月の思考を弾き飛ばすと小首を傾げる。

「友達と恋人の違いってぇ、イチャイチャするかしないかの差でしょ~?」
「イチャっ…て……」
「特にわたしと翡翠くんに関してはぁ、今のこの感じが一番自然だと思ってるよぉ」

龍葉はにこりと笑う。

「わたしは翡翠くんがさせてくれるなら当然イチャイチャしたいけどぉ、翡翠くんはそういうタイプじゃないでしょ~?」
「あ、ああ」
「逆に言えばわたしがものすご~く消極的だったらぁ、もしかしたら翡翠くんが積極的になってたかもしれないでしょ~?同じように翡翠くんが甘々だったらもっとラブラブになってただろうしぃ、愛の形なんて人それぞれなんだよぉ」

例えが下手なのか上手なのか、よく分からないが、はっきりと明快な答えが返って来るのは流石龍葉といったところか。如月は聞くだけ無駄だったかな、と空を仰ぐ。

「だからぁ、そんなに難しく考えなくても翡翠くんは翡翠くんが思うように接してくれればいいんだよぉ。大切なのはそこに愛があるかないか。それだけなんだからぁ」
「……」
「あ~でもでもぉ。愛があっても暴力は駄目だよぉ?」
「当たり前だろう」

すりすりとすり寄って来る龍葉を軽く叩くと、龍葉は言った傍からぁ、と口を尖らす。そんな龍葉を改めて見下ろしながら、如月は目を細める。
やはりどれ程呆れようとも腹を立てようとも、如月は最後には龍葉を許してしまうし、それで彼女を嫌いになる訳もない。そもそも彼女がこうして厄介な人間である事は十分承知していた筈なのだから、それと付き合って行こうと思った時点で、今更疑問に思う方が間違っているのかもしれない。

「翡翠くん?」
「うるさい」
「あぅ」

如月は諦めたように溜息を吐き、顔を覗き込んでくる龍葉をまた叩くと腕時計を見る。

「ああ、もう昼休みも終わるな」
「えぇ~!」
「え~じゃない。見付かる前にさっさと帰るんだ」
「つまんなぁい」
「…君はまだ僕の頭を痛くしたいのか?」

軽くねめつけながら言うと龍葉は一瞬口を噤むが、すぐに不服そうに顔を背けるとぼそりと呟く。

「…じゃぁ、キスしてくれたら帰るよぉ」
「―――…?!」

交換条件を出せるような立場にないにも関わらず、いきなりふてぶてしい態度でとんでもない事を要求する龍葉に如月は思わず固まるが、本人は構わず目を閉じると、顔を上向きにじっと待つ姿勢を取ってきた。しかしそこであっさり誘いに乗るほど愚かでもなければ素直でもない如月は、両手でパンッと龍葉の頬を挟むと、ぎゅうっと力の限り押し潰した。

「こっの状況でどの口がそんな馬鹿げた事を言うんだい?」
「うぎゅ~っ…!」
「帰りたくないなら帰らなくて結構。君一人で校内を彷徨っていればいいよ。ただ僕は声を掛けられても一切他人の振りをするからな!」
「しょ、しょんなほこらなふてもいいひゃな~い」
「誰が怒らせてると思ってるんだ!とにかく、もう僕は相手をしないからな」
「はひ…ほめんなひゃい…」
「たくっ…」

大人しくなったのを見届けて如月はぞんざいに龍葉を手放すが、まぁ、と渋々貰ったバレンタインプレゼントを軽く掲げると、目をやや逸らしながら呟く。

「手段はともかく、折角持ってきてくれた事だし…、これは有り難く受け取っておくよ」
「翡翠くん…」

しかし我ながら素直ではない言い様だと思うが、龍葉はそれで満足したようで、瞳を輝かせると頬を紅潮させながら満面の笑顔で頷いた。

「うん!どうぞ召し上がれ~」

だが本当にたったそれだけで満足してしまえる龍葉を見ていると、普段の自分はそんなにも素っ気無いものなのかと如月は苦笑を禁じえないが、如月がこんな龍葉を了承したように龍葉もまたそんな如月を了承したのだから、やはり今更どうこう思う必要もないのだろう。

「全く君は…」
「え~?」
「いや…。さ、帰るんだ。どうせこの後店で待っているつもりなんだろう?」
「エヘヘぇ~。うん~」

――大切なのは気持ち。
そう言ったのは他ならぬ彼女なのだから。







久々です。
ダラダラと去年から書き続けて、折角やからとバレンタインに間に合わせたかったんですが、二日程間に合いませんでした(汗)まぁしかし何よりも久々過ぎてどうだろうって事で、孟省はしてます。
で、さて、今回はこの二人の場合恋人の定義とは何なのかといういかにも短編向けな話でしたが、もしかしたらこの後の本編にも微妙に関係して来るかもしれないのです。ヒントは「二人はまだキスしてない」でしょうか。酔ってキスは書いた事ありましたけどね(笑)


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【2010/02/16 00:50 】 | 女主×如小説 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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