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【2026/08/14 01:45 】 |
緋勇龍葉の裁量
ジャンル:ほのぼの
龍葉vs御門 第2R。骨董屋に浜離宮組そろい踏み。如×龍はオマケ程度。







紆余曲折を経て、晴れて如月と恋人同士になれた龍葉は、今日も意気揚々と如月骨董品店に足を運ぶ。
一応静かな場所で受験勉強を理由としてはいるが、龍葉にとっては如月に会いたいという下心と、それで半々とを分け合っている。

「翡翠く〜ん!こんにち…わぅっ?!」

しかし笑顔で店の入口を潜った途端、べしっと何かが顔面を直撃し、威を削がれた龍葉は思わず顔を押さえその場でよろめく。

「う、ぅう〜…なにぃ…?」

驚きながらも涙目で足元に視線を落とすと、そこには半分開いた上品な扇子が落ちていた。

「扇子…?」

どうやらこれが飛んで来たのかと、どこか見覚えのあるその扇子を訝しみながら拾い上げると、視線を店の奥に向ける。
だがいつもの様に帳簿台の前に座る如月はこちらには目もくれず、その傍に立っている先客となにやら話をしている。
この店ではやたら浮く目にも眩しい白い学ランに、さらりと無駄に長い髪を持つその客の背中は、扇子と違い余りにも見覚えがあり過ぎて、龍葉はうっ、と眉間を寄せる。

「御門くん…」

ではこの扇子の持ち主は彼で、投げ付けたのも当然彼。普段から良く思われていないのは知っているが、いきなりこんな仕打ちを受ける謂れもなく、龍葉はムッとして扇子を握り締めると、つかつかと御門に歩み寄った。

「ちょっとぉ御門くん!いきなり酷いじゃ…?!」

しかし目の前に突然後ろ手で掌を突き出され、龍葉は驚いて立ち止まる。

「な…」
「すみませんが、黙っていてくれませんか」

横柄な口調は相変わらず。言葉は丁寧でも殊勝さは微塵も感じられないその居丈高な物言いで言い放つと、御門はしっしっ、とまるで犬を追い払うかのように突き出した掌を降る。
それに益々ムッとした龍葉は、その掌を押し退けて言い募ろうとするが、今度は如月が咎める声を出した。

「龍葉、うるさい」
「えぇ〜?!」

まだ何も言っていないのに恋人にまでそんな風に言われ、龍葉は抗議の目を向けるが、如月は受話器の口を押さえてこちらをねめつけていた。
御門と話しているものと思っていたが、どうやら話していたのは電話の方とだったらしい。

「ぁ…ぅ……」

状況を悟った龍葉はぶつけようとした怒りの矛先を見失い、うぐっと口をつぐむ。
そんな龍葉をよそに如月はまた電話先との話に戻った。

「…いえ。………はい、ああ…そうですか。……いえ、すみません。有り難うございました。………やっぱり駄目だな」

如月は受話器を置くと、電話帳の横の店名を書き連ねたメモに×をつける。他にも×が並んでいる事から、もう何軒も何かを断られているのだろう。

「そうですか。弱りましたね…」

それを聞いた御門は、横手で龍葉から当然のように扇子を奪い返すと、ばっと広げて口許を隠し、小さく唸る。
表面上にはほとんど変化はないが、その表情は珍しく龍葉でも分かるほどほんの少しだけ曇っていた。

「…どうかしたのぉ?」

状況が分からないなりにも何かよっぽどの事なのかと恐る恐る訪ねると、御門はようやく今日初めて龍葉を視界に入れたが、またすぐそっぽを向いてしまう。

「貴女には関係ありません」
「ぬっ…」
「まぁまぁ御門君。龍葉なら相談に乗りはすれど、茶化したりするような真似はしないと思うよ」

再び剣呑とする空気を制して如月がフォローを入れると、御門は気に入らなそうにしつつもまた龍葉を一瞥すると、眉間を寄せて溜息を吐く。
それを了解の意と受け取った如月は、苦笑するとペンを置いて御門の代わりに説明を始める。

「実は御門君が、秋月さんが大切にしている硯をうっかり割ってしまったらしくてね」
「ええ?御門くんがうっかり〜?しかもマサキちゃんのぉ?」
「…柾希様の方です。それに、私が秋月様の物をうっかり落としたら何か悪いですか?」

龍葉が意外だとすっとんきょうな声を上げると、御門は不機嫌そうに鋭い眼光で睨んでくる。それに龍葉はびくっと肩を竦めると、慌ててはぐらかしにかかる。

「ま、まさかぁ…そんな事ないよぉ〜…。へ、へぇ〜…柾希さんも書道か何かするんだぁ」

苦し紛れに話題を変えると、御門は何を今更と言わんばかりに、軽蔑するように龍葉を見下して来た。

「秋月家は代々《星視》の能力以外にも、芸事に長けた者が多い家系なのです。薫様は勿論、柾希様も例外ではありません」

そんな情報は初耳だと龍葉は心中で突っ込むが、これ以上は同じ事の繰り返しだと反発心を抑えると、無理にも感心したような顔を作る。

「へえぇ〜。でもそれでどうして翡翠くんなのぉ?翡翠くんて修繕屋さんもやってたっけ〜?」
「いや、それがね…」

龍葉が首を傾げると、如月は畳んだ絹の風呂敷の上に置いていた見事な細工の硯箱を、丁寧な手付きで開けて中身を示す。
そこには話通り、無惨にも真っ二つに割れた硯が納められていたが、それでも高価で見事な品である事は素人目にも分かる。
派手な彫刻は施されていないが、石は同じ黒でも龍葉がよく知る物とは明らかに色艶が違い、やや蒼みを帯びた黒に不思議な波のような模様が浮かんでいて、どっしりと重厚感がある。
使った様子はないからどうやら実用ではないらしいが、確かにこんな見事な逸品を割られてしまっては柾希も堪った物ではないだろう。
尤も、龍葉は柾希の性格を良く知る訳ではないから、実際どう思うのかは分からないが。
――そう、秋月柾希は未だに目覚めていないのだ。

「ふぇ〜…高そ〜……」

触るのも恐ろしく、恐々呟くと如月はしたりと笑う。

「ああ、君にも分かるだろう?これはただの硯じゃない。中国の良硯の四宝にも挙げられる歙州硯と言うんだけれどね、かなり昔に作られていた物で、採石期間も短かったから現存するものは極めて少ないんだ。それにご覧、この表面、光を当てると宝石のように光る粒が見えるだろう?これは鋒鋩と言って、これが細かく密に、そして均一に散りばめられているほど墨が美しく磨れるんだ。骨董としても硯としてもかなりの逸品だよこれは。僕も話だけは聞いた事があったけど、こうしてお目に掛かるのは初めてだ。流石は秋月家と言った所かな」
「はぁ…」

御門とは対照的に、得意気に蘊蓄を垂れる如月の顔は生き生きとしている。それを呆れ半分に聞き、龍葉は御門に視線を移す。

「じゃあ察するにぃ、この事を隠す為に新しいのを探したけどぉ、幾ら御門くんと言えど物が物だけに中々見付からなくてぇ、困った挙げ句翡翠くんに頼んで手当たり次第に骨董屋さんを当たって貰ってる訳だぁ…」
「…まぁ、そんな所です」
「直すって手もないでもないけどぉ、実用品じゃなくて観賞用だから見た目にも価値的にも著しく損なっちゃう〜…と」
「……ええ」

いつも理不尽に小馬鹿にされている分、ここぞとばかりに龍葉が事の次第を遠慮無く言い当てると、御門は居心地悪そうに身じろぎし、目を逸らす。
しかしあのどこまでも慇懃無礼で傲岸不遜な御門晴明ともあろう人がこの様子。よっぽど困っているのだと、さしもの龍葉も少々心配になる。
しかし正直なところ、龍葉には御門のようなしっかり者過ぎる人が、不注意でも大切な硯を割ってしまったという事実にまだ余りピンときていないのだが。

「でもぉ、それなら素直に謝ればいいんじゃないのぉ?そりゃあ柾希さん落ち込むかもしれないけどぉ、隠した事が後になってもしバレたらもっと悲しむんじゃないかなぁ…?」

せめてお互いの為に懸命な判断をして貰おうと小首を傾げながら言うと、御門はやや黙した後、目を伏せがちに口を開く。

「…柾希様が目醒められた時、落胆させたくありません」
「…――」
「柾希様の事ですから、きっと笑って許してくれるでしょう。けれど、私はそれに甘えていいとは思えない」
「御門くん…」

淡々とした口調も表情も変わらないが、御門の柾希への思い遣りはよく分かる。
しかし、それでも龍葉は敢えて首を振る。

「柾希さんが大切だって事はよく分かるよ…。でもだったら尚更嘘はいけないと思うな。確かにがっかりさせたくないって思うのは当然だろうけど、隠したからって壊した事実が無くなる訳じゃないし、柾希さんが知らない分は御門くんが被る事になるんでしょう?わたしが柾希さんなら、それを知った時絶対良い気分はしないと思うな。水臭い、そう思うんじゃないかな?」
「…水臭い?」
「うん。僕達親友なのにって」
「―――…」

龍葉はにこりと笑って、呆気に取られている風情の御門の腕をポンと叩く。

「親友で、しかも優しい人なんでしょ〜?祇孔くん達見てたら分かるよぉ。主でもあり親友でもあるんだからまずは正直に話してぇ、その上でまた同じ物が欲しいって言われたら、御門くんはその時に責任持って探せばいいんじゃないかなぁ?」

龍葉にしてみれば、普通に生きてこれればそれは至極当然な対応に思えるけれど、普通じゃない世界に生きて来た御門にはひょっとすると難しいのかも知れない。
彼の負う責任や使命、それは大き過ぎて龍葉等には計り知れないが、それが御門にとって事態をややこしく見せてしまっているのなら、少しは単純明快になる手助けをしてあげたいと思う。
――まぁ御門には確実に、偉そうだの余計なお世話だのと言われるだろうが。
その様を想像して龍葉はひっそり苦笑したが、その時外から何やら車が横付けされる音が聞こえて来て、龍葉達は思わずそちらを見る。
この閑静な住宅街には酷く不似合いな、白くて長いそのピカピカに磨かれた高級車は店の前に付けられていた。

「おぉ〜…黒塗りの白塗り…」
「何訳の分からない事を言ってるんだい」

龍葉がその壮大さに思わず感嘆の息を漏らすと、横から如月に軽く叩かれる。
御門は目を細め、無言で車を見ている。
そうして中から現れたのは、御門の式神である芙蓉と、彼らの主であるマサキだった。芙蓉は車椅子を用意しマサキを乗せると、運転手に一声懸けてから店に入って来る。
その後車が発進した所を見ると、どこか邪魔にならない所へ移動するよう指示したのだろう。

「すみません、お邪魔します」
「わぁ〜、マサキちゃんに芙蓉ちゃん。久しぶりぃ〜」
「お久し振りです、龍葉さん」 
「お元気そうで何よりです。龍葉様」

二人の姿を認めると龍葉はあっさり御門を放ってパタパタと走り寄ると、いきなり芙蓉に抱き着いて、その胸に嬉しそうに顔を埋める。

「あ〜…相変わらず柔らかくて気持ちぃ〜」
「左様ですか」

如月の呆れた視線もお構い無しに、龍葉はグリグリと豊満な胸の感触を楽しむが、芙蓉は動じる事無くあくまで無表情にされるがままになっている。
自分の身体に減り張りや柔らかさが無い分、龍葉は葵や藤咲といった豊かなボディを持つ女性を見ると、たまに無性に触りたくなってしまうという悪癖があるのだ。

「そういえばぁ…マサキちゃんも中々悪く無さそうだよねぇ〜」
「えっ…!」

一通り芙蓉の感触を楽しんだ後、今度はマサキに狙いを定め、龍葉はわきわきと厭らしく手を動かしながらたじろぐマサキに迫る。

「今は胸潰してるけど実はぁっていうよくあるパターンがそこに…」
「あ…あのっ…僕は別に…」
「ちょいとお姉さんがチェックを〜…」

もう完全にエロ親父と化して龍葉はマサキの平たい胸に迫るが、触ろうとした瞬間下から綺麗にカウンターを喰らい、龍葉は大きく仰け反る。

「はぅっ!」
「龍葉さん?!」

意表を突かれた龍葉は顎を押さえ踞ると肩を震わす。そしてバッと扇子を開く音がし、頭上に黒い影と共に振って来たのは、突き刺さる様な冷たい声だった。

「全く――少しはまともな事を言ったかと思えば、とんだ茶番でしたね。事もあろうに秋月様に非礼を働くとは言語道断。公然猥褻で訴えますよ」
「御門っ」

底冷えのする視線で龍葉を見下ろす御門にマサキは咎める声を出すが、マサキを護る為なら彼は容赦しない。

「うぅ〜…翡翠く〜ん…。御門くんが殴った〜…」
「どう考えても悪いのは君だろう」

龍葉はよれよれと如月に泣き付くが、例の如く縋る前に頭を掴まれ阻止される。

「もう、御門は…」

マサキも呆れ気味に御門を一瞥すると、如月に向かって申し訳なさそうに頭を下げる。

「すみません如月さん、お騒がせしてしまって…」
「いや、僕は別に気にしていないよ。それより今日はどうしたんだい?御門君の迎えかい?」

龍葉を抑えたまま如月が問うと、マサキはあっと、思い出したように声を上げて再び頭を下げた。

「そうでした。あの、今日は僕の所為でお手を煩わしてしまい、すみませんでした」
「え?」
「御門に任せてしまったけど、やっぱり僕が自分で行かなくちゃ駄目だと思いまして…」
「?」

マサキはしょんぼりとしながら言うが、対して如月と龍葉は揃って首を傾げる。

「…任せたってぇ硯の事ぉ?」
「?はい。僕が壊してしまった兄様の硯です」
「君が?」
「他の予定があって結局今になってしまったのですが、御門にも手を煩わせてしまって…」
「………」

二人がぽかんと驚いて御門を見ると、本人は澄ました顔であらぬ方を見ている。

「…何か?」

マサキも3人の様子に気付き首を傾げるが、我に返った如月はいや、と苦笑する。

「何でもないよ。でもこちらこそこうして来て貰ったけど、申し訳ない事に見つけられなかったんだ。すまないね」
「そう…ですか…。…いえ、本当にありがとうございました」

明らかに落胆した様子をマサキは見せたが、首を一つ振ると律儀に礼を述べる。その姿に龍葉は胸が痛んだが、ぎゅっとマサキの手を取ると、屈んで目線を合わせる。
御門が代弁したのは他ならぬマサキの心だろうから。

「龍葉さん…?」
「マサキちゃん、お兄さん想いなのはと〜っても良い事だけど、やっぱり嘘は良くないよ。薫ちゃんも柾希さんもお互いが大好きなんでしょう?だったら隠し事なんてしないで、柾希さんが目を醒したとき、最高のとびっきりの笑顔で迎えてあげなきゃ」
「―――…」
「そしてまた昔みたいな時間が戻って来たら、その時にまた落ち着いて素直に謝ればいいんじゃないかな?少なくともわたしはそう思うよ。お兄ちゃんにとって妹の笑顔ってきっと何物にも代え難い宝物なんだから、薫ちゃんがものすご〜く反省したしょんぼり顔で謝れば、きっと簡単に許してくれるよ」
「龍葉さん…」

マサキはぐっと潤んだ瞳で龍葉を見つめると、こくりと頷く。

「はい…そうですね…。ごめんなさい龍葉さん…ありがとう…」
「エヘヘぇ〜、どこかの誰かさんと違って素直でよろしぃ〜」

尖る御門の視線を無視して、龍葉がなでなでとマサキの頭を撫でてやると、マサキは目を丸くして顔を上げたが、やがて照れくさそうに頬を染めて、ふわりと笑顔を浮かべた。
秋月マサキではない、秋月薫としてのその可憐な笑顔にドキリとしたのは、何も龍葉一人ではないだろう。

「もぉ〜っ…薫ちゃんってば可愛いぃ〜」
「た、龍葉さん…」

思わず抱き着いて更に撫でまくるが、そこはベリッと御門に引き剥がされる。

「いい加減になさい」
「フフ〜ン」
「…なんですか?気味の悪い…」

しかし龍葉は懲りずににまにまと御門を見ると、怪訝そうにされるのも構わず顔を寄せて、マサキに聞こえない様こそっと囁く。

「御門くんも案外良い所あるんだねぇ〜、ちょっぴり見直しちゃったよ〜」
「…!」
「エヘヘぇ、よっぽどマサキちゃんが大切なんだねぇ」

微笑ましいとくすくす笑いながら言うと、御門は盛大に顔を顰め、扇子でバシッと龍葉の顔を叩いて遠ざけると、そのまま背を向けてしまった。
仮にも女の子の顔に、今日何度目だろうと鼻を摩りながら龍葉は頬を膨らますが、後ろから誰かにぽんと頭に手を乗せられ、振り返る。

「――翡翠くん」
「大丈夫かい?」
「エヘヘぇ、平気平気〜。すご〜く面白い物も見れたしねぇ」
「そうか」

如月の優しげな笑みを受けて、龍葉はぱっと顔を明るくすると、するりと如月の腕に抱き着いて幸せそうに頬を綻ばせる。

とその時、邪魔するぜ、と穏やかな空気を台無しにするような、粗野な声の客が店に入って来た。

「如月いるか?この間の麻雀の代金持って……って、御門?!それにマサキもかよ!」

その客はその場の誰もがよく知る男で、彼は御門達に気付くとゲッ、と手に持っていた花札を取り落とす。

「あれぇ〜、祇孔くんも来たんだぁ」
「お、おぉ…先生も。久し振りだな」

その客の登場に白ける御門と芙蓉にも気付かず龍葉がひらひら手を振ると、その客、村雨祇孔はまだ動揺しつつも手を挙げ返すが、それよりもこの場に揃う面子の方が気になるようだった。

「おい、揃いも揃って何してんだお前ら?買いもんか?」
「お前こそ今までどこにいたのです。こんな時に」
「あ?こんな時?何かあったのか?」

村雨が怪訝として片眉を上げると、マサキが控えめに口を挟む。

「あのね祇孔、僕が兄様の硯を…」
「は?硯?」

最後まで聞かず村雨は首を捻るが、はっ、と帳簿台に乗っている件の硯箱に気付くと、さっと顔色を変えた。

「な、何でそれがここにあんだよ?!」
「祇孔?」
「やべぇ、もうバレちまったのか…」

突然明らかに動揺し出す村雨をマサキは不思議そうに見上げるが、龍葉は嫌な予感に眉を寄せると、引き気味に呟く。

「……まさか…祇孔くん…」
「…元々はお前がやったのか…?」

同じく如月も一歩退き、村雨から距離を置く。

「いやっ、そのだなぁ…金に困って物は試しでちょっと物色してたらつい弾みでだなぁ…」
「しかも泥棒のついでか…」
「最っ低〜……」
「待て待て、結局何も取っちゃいねぇよ!それ落としてそれどころじゃ…」
「…つまりそのまま隠蔽したと。そういう事ですね?」
「――――っ!」

底冷えどころではない絶対零度の声と殺気に村雨はゾクッを身を縮め、固い動作で背後を振り返る。
そこにはどす黒いオーラが見えないのが不思議なほど不気味な笑みを浮かべた御門と、いつの間にか戦闘装束に着替えた芙蓉が立ちはだかっていた。更に極めつけは悲しそうなマサキの表情。

「道理でおかしいと思いました。ほんの少しの高さから落としただけで、あんな逸品が簡単に割れるなど。しかも座布団の上で」
「どこまでも救いようのない男です」
「酷いよ祇孔…」
「いやっ、お、落ち着けお前ら…。悪かったって…!話せば分かる…!」

いつもの余裕も軽口もまるで消え失せ、ひたすら狼狽する村雨に御門はにこりと一つ笑むと、すっ、と手を挙げる。

「言いたい事は、それだけですか?」
「――――――――――――――――!」



「……ちくしょ〜…」

豪奢で広い車内に口惜しげな声がするが、御門は背中を浮かすとはて、とわざとらしく車内を見渡す。

「今、誰か何か言いましたか?」
「いいえ。気の所為でございましょう」
「そうですか」

ふむ、と頷いてまたシートに背を預けると、御門はゆったりと足を組む。
その足下には、紙製の連ねた人形に全身をぐるぐるに束縛されたボロ雑巾のような村雨が転がっていた。

「おい御門!足どけろ!痛ぇんだよ!大体柾希に怒られるんならともかく、何でお前に怒られなきゃならねぇんだよ!」
「…一体どの口がそんな偉そうな事を言えるんでしょうねぇ。ええ?」 

ぐりぐりと革靴の底で踏みにじり鼻で笑う御門に、村雨は忌々しげに目だけで見上げる。

「お前の卑怯な行いの所為で、秋月様がどれ程痛める必要のないお心を痛められたか。今のお前にはどんな理も述べる資格はありませんよ」
「だから悪かったって言ってんだろ!いつまでこうしとくつもりだ!」
「…そうですね、お前が外に出るとろくな事がありませんから、なんなら一生そうしておきましょうか?その格好も中々お似合いですよ。…ああ、それかお前の好きな歌舞伎町にそのまま転がして、鴉に突つかせるというのも面白いかもしれませんね」
「鬼かてめぇ…」
「まぁまぁ御門、落ち着いて。僕ならもう平気だから」

いよいよ舌の回りが絶好調になって来た所で、ようやく向かいに座るマサキが止めに入り、御門は一つ息を吐くと、最後に爪先で蹴りをお見舞いしてから扇子で口を閉じる。
マサキは上から覗き込むように村雨を窺う。

「大丈夫?祇孔」
「マサキ…助かったぜ」
「でも祇孔が悪いんだから。ちゃんと兄様に謝るんだよ」
「分かってるって…。悪かった」
「うん」

罰悪そうな顔をして謝る村雨に、マサキはいいよ、と頷いてから姿勢を戻すと、でも、と窓の外を見て口許を綻ばせる。

「龍葉さんは本当に良い方ですね」
「はい?」

不可解そうに御門が思わず聞き返すと、だって、とマサキは笑みを向ける。

「ちゃんと駄目な事は駄目だって言って下さるし、それだけじゃなくて助言もくれて、大切な事にも気付かせてくれる。それに、どの言葉も仕種もとても優しくて暖かいんだ」
「…まぁ、確かによくもそんなにぽんぽんと恥ずかしい科白が出て来るものだとは思いますがね」
「また、御門は。…僕にはもうそんな風に叱ってくれる人ほとんどいなくなっちゃったから、だから今日は嬉しかったな」
「マサキ…」
「僕にもし姉様がいたらあんな感じだったのかなって、思っちゃったよ」

なんてね、と照れくさそうにマサキは微笑むが、御門は一瞬その様を想像すると明からさまに顔を顰めて、ごすっと村雨を再び足蹴にした。

「まさか。あんな人、冗談じゃありません」
「もう、もしもって言ったでしょう?でも、龍葉さんなら兄様もきっと好きになると思うな」
「おいおい、先生は如月のもんだぜ?」
「ああ、違う違う。そうじゃなくて、人としてだよ。龍葉さんならきっと兄様の良い話し相手になってくれる
「あの人は変人ですからね、秋月様に限らず誰にでもそうですよ。そんな殊更に褒める様な事でもないと思いますが」
「うん。でも、ちゃんとどんな人にでも親身じゃないか。それって凄く尊敬出来るし、簡単には出来ない事だよ。…ちょっと如月さんが羨ましいな」

マサキは残念そうに苦笑するが、一転そうだ、と顔を明るくすると、芙蓉に話しかける。

「ねぇ芙蓉、良い事を思い付いたんだけど、いつか予定空けられるかな?」
「特に指定がなければ可能だと思われますが」
「本当?じゃあ龍葉さんをお茶にご招待しようよ」
「…お茶にございますか?」
「うん。紅茶を入れて甘いタルトやお菓子を用意して、もっとゆっくり話すんだ。一緒にタルトを焼いたりなんてのも楽しいかもしれない」
「それは、妙案でございますね」
「そうでしょう?龍葉さん来てくれるかな」
「ええ、龍葉様ならきっと来て下さいましょう」

嬉々として話すマサキに、心なしか芙蓉の表情も穏やかな物になっている。
そんな二人を床から眺めながら、村雨は感心したような声を出す。

「…へ、流石先生だぜ。まさかマサキまで籠絡しちまうとはな。恐れ入ったぜ」
「黙りなさい」

にやにやと笑う村雨をまた足蹴にし、御門はやれやれと身体全体をシートに預けると、あらぬ方を見てひっそり溜息を吐く。
その胸に微かに芽生えたもやもやとした物が嫉妬だという事に、果たして御門は気付いているのかどうか。

「ねぇ御門、僕もたまには遊んでもいいでしょう?」
「…秋月様がお決めになった事なら、私に反対する権利はございません」
「やった、ありがとう。あ、御門も参加したかったらしてもいいんだよ?」
「いえ、私は結構…」

不機嫌に答える御門に、そう、とマサキは不思議そうに首を傾げるが、気にしない事にしたのかまた芙蓉との会話に戻って行った。

中の賑わいは他所に、白い高級車はただ静かに夜の街の喧噪を抜けて往く。
その孤高な姿はまるで今の自分のようだと、御門は窓の外を眺めながら思ったとか思わなかったとか。
今回の件で龍葉の御門への評価は多少上がったようだが、結局御門の龍葉への評価はやはりプラマイ0と、余り変わる事はなかったようだ。







酷いシメ(笑)
いつか以来の久々の御門登場でちょっぴりおバカな雰囲気が戻ってきました。自分はシリアスの方が得意と思ってたけど、意外とそうでもないのかも。短編は何も考えずに書けるから書き易いんだなきっと。
そういえばこれの為に久々に朧の『真心』をプレイしたんですが、柾希が三年近くも昏睡状態だった事にびっくりしました。せいぜい1年とかやと思ってた( ゜Д ゜)そして中二の薫の柾希とのCGを見て、その発育の良さに絶句(笑)中二とか嘘だろおい、と。中二の女子が高一の男子に化けれるとは、柾希がよっぽど貧弱なのか薫がよっぽどいかついのかw
とかなんとかツッコミつつ楽しくプレイしました。
昔は正直ウザかったコスモも、今見ると楽しい連中だなと。

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【2009/09/25 18:45 】 | その他 | 有り難いご意見(0) | トラックバック()
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